Tiger JK:韓国語ラップのルーツが語るビートメイク
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K-POPをよく聞く人なら、最近のヒット曲には必ずと言っていいほど、ラップのヴァースが入ること(大体は最初のコーラスの直後に)をご存知だろう。 もはや伝統と言えるかもしれない。 韓国のヒップホップにおいては、昔からこうだったわけではない。 1995年、韓国系アメリカ人のラッパー、Tiger JKがロサンゼルスから韓国に帰国し、デビュー作『Enter the Tiger』を発表したとき、主要メディアの反応は 「この録音は何かがおかしい 」から「これは曲ですらない」まで、さまざまなものだった。2022年の現在となっては、テレビのラップ・オーディション番組『Show Me The Money』のおかげで、ヒップホップはいまや韓国でとくに人気のある音楽ジャンルのひとつになっている。
韓国でヒップホップが受け入れられるようになるまでのこの数年間、Tiger JKは楽曲のリリースを続けた(多くは彼のグループであるDrunken Tigerとしてのリリースであり、同グループの楽曲は大きな成功を収めている)。 そして、彼はつねに自身のラップのルーツに忠実でありながら、時間とともに進化し続けてきた。1995年当時、Tiger JKは基礎的な韓国語しか話せなかったが、いまでは彼のフローは詩的で、韓国語のニュアンスに十分精通している。韓国史上最高のラッパーと見なされることもあるほどだ。 また、BIBIや妻のYoon Mi-raeなどがリリースしているレコードレーベルでありエージェンシーでもあるFeel Ghood Musicの創業者兼CEOとして、ビジネスにも手を広げている。
さらに、まだあまり知られていないが、Tiger JKは、ビートメイカーとしての別のクリエイティブな一面もある。 初期のDrunken Tigerのトラックから比較的新しいTiger JKのリリースにいたるまで、彼はしばしば音楽の制作サイドに直接関わってきた。 このAbletonのインタビューで彼が説明しているように、サンプルのカットアップやドラム音源の調達、そして、ビートメイクは彼の音楽制作のレパートリーの一部であり、Tiger JKにとって、最近もっとも楽しく取り組んでいる作業となっている。
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ほとんどの人は、Drunken Tigerがビートメイカーでもあるということを知りませんね。
俺の作った曲がどれかもわかってないのに、みんなは俺を飾り物みたいに扱うんだよ。 「このスタジオの誰が俺らの気に入る曲を作ってくれるのかな?」って聞かれるし。最初のころは、曲を買う金すらもなかったんだよ(笑)。 ラップにいい感じのループが必要だったから、AKAI MPCを手に入れたんだ。 レコードからいい感じのブレイクを見つけて、そこにサンプルを重ねて、タイムストレッチをいじったりした。 あまりうまくはいかなかったけど、ビートを作り続けたよ。
90年代ヒップホップ制作の歴史ですね!
MPCのスイングとクォンタイズ機能のおかげで、失敗ですらユニークな音楽になっていったんだ。 最初はイメージしていたループを作れなかったけど、とにかくビートを完成させてラップしたかった (笑)
Seong Jaeheeの“Why”やCho Young Namの“What is Love?”など、韓国の音楽を多くサンプリングしていますね。
父からもらったものや自分で買ったものを含めると大体1万枚くらいのレコードを持っているよ。 でも、本当にインスピレーションを受けたものといえば、MC SOLAARだよ。 ロサンゼルスでは神様のような存在なんだ。 フランス語でラップするんだけど、それが問題にはなってなくて、 むしろかっこよかった。 だったら俺は韓国の音をサンプリングしてもいいんじゃないかと思ったんだ。 でも当時は誰もサンプル・クリアランス(サンプル利用許可)のことなんか知らなかった。 レーベルからは、音楽著作権協会と話しておくから心配するなと言われたし。 そしてあとから、サンプルの利用許可を得ていないことを知ったんだよ。 それがわかってから、すべてのサンプルの許可を取ったんだ。ときにはアーティストの遺族からさえも許可を得る必要があったよ。 なのに、みんなはわかってくれなかった。 “味噌漬けのヒップホップ”とか“ポン・ヒップホップ”(韓国化したヒップホップの蔑称)って呼ばれたよ。
プロデューサーと作業をするまえにループを作って、いくつかのヴァースを書いているんですか?
これもあまり知られていないみたいだけど、妻のYoon Mi-raeも作曲していて、 Drunken Tigerの“I Got You”とか“Drunken Rapping”とか“One is Not a Lonely Word”を作ったんだよ。この会社にいる人は全員音楽を作ってる。 たとえば、マネージャーはギターを弾くし、A&Rはピアノを弾く。 社内では、いつも“曲合宿”が行われてるね。 俺がループを作ると、ほかのメンバーがいろいろ付け加えて制作を進めていくんだ。
ほかのプロデューサーを雇ううえでの基準はありますか?
外部のプロデューサーを探すのは、自分たちのいつものスタイルから解放されたいときだよ。 だからといって、厳密には外部のプロデューサーを雇うという感覚はないかな。 The Movement(Drunken Tigerを中心としたクルー)のときから、曲を作るのは自分たちの友人だったし。 たとえば、The Movementのそれぞれのメンバーはラッパー兼プロデューサーだった。 その当時はこの国では誰もヒップホップのことを理解していなかったし、そうするしかなかった。 The Quiett(英語)が「ループを作ったぜ」と言ったら、俺がベースラインを作ったり、Yoon Mi-raeがピアノを重ねたりするんだ。 誰もビートメイクで金を稼ぐことなんか考えていなかった。 俺らの間で金銭的なやり取りをしたことはなかったよ。
過去の成功体験から、「ブーンバップが心地よく自然に聞こえる」とか「最新のテイストを見失いたくない」みたいなことで、判断に悩むことはありますか?
俺は単純にヒップホップの大ファンなんだ。 それに、ボサノバからオルタナティブ・ミュージックまでいろんな音楽が好き。 でも、一番好きなのはFreestyle Fellowship(英語)みたいなロサンゼルスのアンダーグラウンド・ヒップホップかな。 独特のビートと言葉を使った遊び心のある歌詞が好きだね。 ブーンバップにこだわったことはないよ。 ブーンバップで有名になったからそう思われてるんだ。 実際は違うスタイルでもやってるし。たとえば、“Freaky Deaky Superstar” とか“Convenience Store”とか“이놈의 (God Damn) Shake it”。トラップとかわかりにくいようなビートに合わせてラップをしてきたから、今ではどんなビートでもラップをすることができる。 Woo Won-Jaeの“Again”に参加したときは、「JKはひとつのスタイルにこだわらない。 新しいアプローチに挑戦する彼を尊敬する」と誰かがコメントしたんだ。うれしかったね。 俺はつねに新しいことへ挑戦したいと思ってる。
その一方で、レゲエやダンスホールへの関心は一貫していますね。
ヒップホップにのめり込むまえはレゲエが一番好きなジャンルだった。 Eek-a-mouse(英語)とかはすごい好きだったね。 レゲエのスタイルとビートも、大きなインスピレーションになってた。 ヒップホップをやり始めてからもそのテイストは隠せなかったよ。 まえは、「なんで声をそんなに絞り出して歌ってんの?」とバカにされることもあったけど、いまではChance The Rapperのように、レゲエの影響は一般的になってる。
韓国におけるヒップホップの地位はデビュー当時から大きく変わりましたね。
ずっと我慢してきたけど、いまではレジェンドと呼ばれるようになった。 でも、2009年の8枚目のアルバムまではテレビに出ることなんて不可能に近かった。 たとえ、小さなスポットでも、Seo TaijiとかBTSとかBlackpinkみたいなスターたちの横に立つために、疎外感や劣等感を長いあいだ感じていたね。 だけど、俺のアルバムはいつもよく売れていたよ。 リリースするたびに20~30万枚くらい売れたんだ。 ヒップホップのファンはたくさんいたと思う。 メインストリームじゃなかっただけ。 単にヒップホップがK-POPじゃないからメディアの関心がなかっただけのことなんだよ。
では、いつからAbleton Liveを使い始めましたか?
7枚目か8枚目のアルバムのあたりかな。 だから2009年くらい? テクノロジーとかそういうものはあまり得意じゃなくて、俺がパソコンでできるのは歌詞を入力することくらいだよ。 尊敬しているプロデューサーのThe Loptimist(英語)から大きな影響を受けたね。 The Loptimistのグルーブはすごく評価してる。 韓国のDJ PremierとかJ Dillaだと思う。 彼は“本物”のプロデューサーで、サンプラーとかを使っているんだろうと思っていた。でもある日に見かけたときはパソコンで作業していて、 サンプルを15秒でカットしていたんだ。俺だったら1週間かかる作業だった。 そして「ラップに集中しな。 いいサンプルがあったら俺に渡してくれ。 10分でカットしてやるよ」って言われたよ。
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そのときにAbleton Liveを使い始めたんですか?
いや、聞かなかったふりをしたんだよね(笑)。 その当時は、テクノロジーに詳しい人でさえ、スタイルの違いからAbleton Liveを使うのを避けていたんだよ。 ある日、もういいかなと思ったんだ。 The LoptimistがパソコンにAbleton Live 9をインストールしてくれた。 とても初歩的なことだけど、セッションビュー・モードでサンプルのBPMが自動的に設定されたのを見たときの衝撃は忘れないね(笑)
まったく新しい世界だったでしょうね。
それまでサンプリングしたくても難しすぎると思っていた曲を全部使ってみた。 「これはやばい」と言いながらね。The Loptimistはニヤリと笑って、もっとすごいものを見せてくれた。 それが、コードジェネレーター(英語)とビートジェネレーターだった。 最近になってリリースされたみたいだけど、7~8年まえにThe LoptimistはMax For Liveで作っていたんだ。 ドープだったよ。
Ableton Liveと一緒にどのようなハードウェアを使っていますか?
Push、Novation Launchkey、MPD、Korg Nanokeyとか、ほかにもいろいろ使ってるよ。 でも、何を持っているかはあまり関係ないと思う。 もっと重要なのは、無駄だと思って捨てようとしていたものをAbleton Liveで使っていることだよ。Novation Zero SL Mk2とか。 夜になるのが待ち遠しいね。 1日のなかで唯一自由になれる時間だからね。 ネットに接続して、YouTubeで使い方のコツを探したり、プリセットの勉強をしたりしてる。 何よりも、それに小遣いをつぎ込んでるよ(笑)。 Ableton Liveで突然自分の音楽が良くなったとは思わないけど、 音楽を作ることが確実に楽しくなったと思う。 若いときにMPCにあったらいいなと思っていたものがAbleton Liveにはすべてあるんだ。
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Ableton Liveを使ってから楽曲制作において何が一番変わりましたか?
ここまでずっと自慢話ばっかりだったね (笑)。 一番は思い描いたものをすぐにかたちにできること。 普段はパソコンに苦労している俺が楽々と何かを作っているのがYoon Mi-raeには信じられないみたい。 だから彼女に見られているときはわざと速く指を動かしてるよ。すごいものを作っているようにね。実際はものすごく簡単なことをAbleton Liveでやってるだけなんだけど (笑)
ここ最近はキャリアに大きな変化がありましたよね。Drunken Tiger名義で10枚のアルバムをリリースしましたし、あと、Drunken Tigerはなくなるという発表がありました。 どのような経緯でこの決断にいたりましたか?
俺は安定していないレジェンドなんだ。 一夜にして大きな成功を収めたわけでもないし、大金を手にしたわけでもないんだよ。 メディアから“特別”と言えるほどの扱いを受けているわけでもない。俺が求められるのは、“ヒップホップのゴッドファーザー”とか“レジェンド”と呼べる人が必要なときだけ。自分としては、新しいことに挑戦したり、自分がやりたいことをやりたいだけなんだよ。 でも最近は、「Drunken Tigerらしくない」とか、「若く見せようとしすぎている」みたいなコメントが多い。 Drunken Tigerという名前が足かせのように感じるんだ。 だから、Drunken Tigerという名前とその栄光をタイムカプセルに入れたかった。 そうすることで初めて気持ちが楽になった。 最近BIBIと一緒にジングルをやったら、これが100万回以上再生されてさ、 「ミレニアム世代やZ世代のメロディックなテイストでTiger JKがラップできるなんて知らなかった」っていうコメントもあった。見え方って厄介だよね。 いつもやっているようにやっているだけなんだけど、 同じ名前を使わなくなっただけで、みんなは新しいことをやっているように思う。 Drunken Tigerのアルバムで同じことをやっていたら、嫌がられただろうね。
Tiger JK名義で初のアルバムをリリースする予定だと聞きました。 進み具合はどうですか?
いま取り組んでいる曲はどれもまったく違うものなんだ。 意識していることといえば、いまの流行とかチャートとか世論に媚びないものを作るってことだね。 あと今年の目標はAbleton Liveを使ってスケッチしたビートを全部使ってミックステープをリリースすることかな。
音楽が遊びのように感じられた時代に戻ったような気分ですね。
まさにそうだね。 原点に戻るんだよ。 新しく始めるような感覚でね。
文・インタビュー:Jung Wooyoung
写真:Abi Raymaker
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