気候のサウンドトラック:未来の音はどんな音?
わたしたちの世界は生きた音に満ちています。 変化する天候や波を舞台に、動物たちは、鳴いたり、遠吠えしたり、さえずりしたり。 都市の喧騒でさえも、地球上の生命が鼓動している表れとしてみなすことができます。ところが、人類は生態系に不可欠な存在でありながら、よく知られているとおり、わたしたちの活動が地球のバランスと、それによって支えられている生命を脅かしています。 IPCCの最新報告書(英語)では、わたしたちの環境に与えているダメージはすでに予想以上で、環境破壊を遅らせるためには緊急の対策が必要であると伝えられています。 生物の多様性の喪失にわたしたちが直面していることは、自然界の多くの音も消えていっていることを意味します。
音楽制作者として、また一個人として、どのように貢献できるかを想像するのは難しいかもしれません。 それでも、わたしたちが協力し合えば、取り組みの意義はより大きく感じられるようになることも。 Climate Soundtrack(気候のサウンドトラック)は、アーティスト、科学者、そして2種類の世界的な活動家ネットワークが協力して、自然保護の名のもとに地球の音を讃える音楽プロジェクトです。 プロジェクトの結果として、グリーンピースのサウンドライブラリから作られたサンプルパックと、世界中の音楽を集めた41曲からなるコンピレーションが誕生し、さらには、すでに気候変動の影響下にある地域の最前線で重要な活動を行っている団体へ資金の寄付も行っています。
グリーンピースのサウンドライブラリ
「抗議活動や社会運動では、考えを反映する役割をつねに音楽が担っていて、活動意欲を高めて、人々をまとめてきたと思う」と説明するRobin Perkinsは、環境活動家であり、DJであり、このプロジェクトを主導したプロデューサーでもあります。 「『現実的に何ができる? アートプロジェクトなら、それで何が変えられる?』ってつねに考えてるっていうか。 実は、アートが文化に与える影響は大きいし、みんなの自分自身に対する見方や世界観に大きな影響がある」
始まりは、Perkinsがグリーンピースの仲間から連絡を受けて、サウンドライブラリを扱えるようにしてもらったことでした。 1970年代以来、グリーンピースは科学的な研究をはじめ、キャンペーンやコミュニケーションのために録音を行ってきましたが、それまでライブラリの分類作業や目録作成は行われていませんでした。 Perkinsによると、電話の会話は次のようなものでした。「『2週間分の録音があるんだよ。すごい高音質で録った自然の音。 クジラ、氷、アマゾンの熱帯雨林とか基本的には何でもある。 それを使って何かしてみない?』」
自身の音楽プロジェクトEl Búho(英語)では、有機的な音色や鳥のさえずり、そしてダウンテンポのエレクトロニカをラテンアメリカのフォークのリズムにミックスしているPerkins。そのため、提供された録音を聞いたときには、貴重な素材に巡り合えていたことがわかっていました。 Perkinsはまた、2011年に結成されたネットワーク「DJs for Climate Action」のメンバーでもあります。このネットワークが結成するきっかけになったのは、ツアー中のDJたちが、自分たちの職業が環境に与える悪影響について何か行動を起こさなければならないと感じたことでした。 そして思いついたアイデアというのが、この録音をもとに地球の未来を考えるプロジェクトの立ち上げです。
気候のサンプルパック
メンバーたちは、このような膨大な音源ライブラリで作業すると、音楽の制作者の負担が大きくなる可能性に気づきます。 グリーンピースが参加していたため、Perkinsは友人たちのチームとともに、未編集の録音を使いやすいサンプルのセットに処理する作業を始めました。 従来のサンプルパックと同じく、単発のドラムヒット、ループ、エフェクト、メロディーの音、ベースの音、質感と空気感用の未編集素材といったフォルダで分類。それぞれの参加者が自身の専門性を活かして音作りを行いました。 チリのビートメイカーDJ Raffは個性的にボーカルを切り分け、エクアドルのプロデューサーQuixosisはテープディレイで実験した音のフォルダを提供しています。
Perkinsによると、サウンドデザインの過程では、いくつかの課題があったようです。 「キックやベース音を作ると、本物のシンセサイザーやキックドラムにはかなわないんだよ。 それで、このキックを聞くといい感じに違うと思うんだけど、808のように“ブーン”という音にはならないんだ。 どちらかというと、“ドゥス”っていう感じの音かな。 でも、くらべる必要はないのかも。ただ違ってるってだけだし」
多くの処理をしないと、たしかに、自然界の音から808のようなパンチのある音はできないかもしれません。ただし、そこには、いくつかのサプライズがありました。 Perkinsは、動物や昆虫の録音から既存の音楽性を探し出すことに強い関心をもっていただけに、多くのミュージシャンがうらやむようなリズム感を持つ音を発見しています。 「大量のコオロギの録音があったんだけど、その時点ですごくリズミカルだった。『よし、もうできてる! コオロギは113BPMだ!』って感じ」
素材が豊富であるため、全録音の場所や目的を調べるのは困難でしたが、なかには、ほかよりも多めに情報が寄せられている録音も。 魅力的な音源のひとつは、エクセター大学の生物学者で生態学の講師であるKirsten Thompson博士が提供したものでした。
南極探検
Thompsonは、グリーンピースとともに南極に行き、音響を使って生物多様性を観測することで、気候危機の影響を調査/記録しました。 「音は、クジラやイルカにとって非常に重要なものです。 音で互いにコミュニケーションを取りますし、ハクジラ類は音を使って、エコーロケーション(反響定位)を行い、獲物を見つけます」とThompsonは説明します。 「各種の生物は、一定の周波数と異なるリズムやトーンで発声するので、わたしたちが目で見ることができなくても、録音することでどの種を検出したかがわかるというわけです」
船上で行う音響調査には、高中域を検出するためにふたつのステレオ素子を持つ、400mのハイドロフォンアレイを使用。 これがデジタル入力端末を経由してラップトップ・コンピュータに取り込まれます。 空気注入式ボートに乗れば、人間の可聴域内で発声する動物の声を短時間で録音することができるので、 そこでは、小型のハイドロフォンを使い、TascamのデジタルレコーダーDR-40に直接接続しています。
南極での録音は、スタジオの録音と異なります。 すべて防水ケースに入れておく必要がありますし、バックアップの電源も必須です。南極の凍てつくような寒さのなかでは、電池の寿命はかなり短くなります。
絶滅危惧種の保全にとって重要な実践的研究を行うThompsonですが、自分とは異なるスキルを持つ人たちの取り組みを軽視することはありません。 「自然保護の問題を強調して、あらゆる経歴の人たちを動員することは、地域規模と世界規模のどちらでも変化を実現するために非常に重要です。 わたしたちの誰もがこの問題に直面しています。そのため、異なる分野の技術やアイデアを持ち寄ることは、地球規模の大きな問題を解決するうえで本当に効果的なんです」
同じ考えを動機にしているのが、インドネシアのDJ/プロデューサーNinda Felinaです。Felinaは、10日間にわたるトレッキングでグリーンピースに参加し、西パプアの熱帯雨林を録音しました。
西パプアのゴクラクチョウ
「音楽は、わたしたちのメッセージをオーディエンスと共有するためにある数多くの創作方法のひとつに過ぎません」とFelinaは言います。 Felinaは2014年からグリーンピースでボランティア活動をしています。 2015年のインドネシア森林火災の際に、都市に住む若い中産階級の人々の多くが、環境問題を自分たちの日常生活と結びつけることに苦労していることをFelinaたちは認識したそうです。 その層の支持と行動がなければ、状況はさらに暗くなりそうだということで、グリーンピースはFelinaのスキルとネットワークを活用して、同層への働きかけを行うことにしました。 Felinaは、BBCの録音技師と一緒に西パプアの熱帯雨林へ行き、現地の環境を学んで記録し、 その後、Save Our Sounds(英語)というキャンペーンに向けて、同記録から作られた音楽やビジュアルに取り組むことになります。
このときの経験でFelinaの気に入っているのは、ゴクラクチョウの鳴き声をとらえたことでした。 こうした種の多くは、自然環境の破壊により絶滅の危機に瀕しており、簡単に見かけられるものではありません。 「このプロジェクトが、『誰もが自然のなかに生まれて生活しているんだから、自然に感謝しよう』って思い出させてくれるものになればいいですね」
気候のサウンドトラック
当初から、PerkinsとDJs for Climate Actionは、録音やサンプルから作った音楽を発表することで、多くの人に興味を持ってもらおうと計画していました。 「気候とか地球とか、それを守らないといけない理由とかっていうメッセージで、何か美しく独創的なもの提示したいと思っていて」とPerkinsは説明します。 そこでPerkinsたちがサンプルパックをネットワークに送って依頼したのが、「未来の音はどんな音?」という質問に対する回答曲の作ってもらうことでした。
Perkins曰く、友人たちから30~40曲程度の投稿があるだろうと思っていたら、最終的には300曲以上という驚くほどの音楽作品が送られてきたそうです。 Nicola Cruz、BLOND:ISH、Cosmo Baker、Matt Blackといった審査員が、リリースする楽曲の選考を援助し、 41曲をデジタルのコンピレーションとして発表したほか、最終的に選曲したもので2枚組LPをプレスしました。 レコードプレス産業の排出物が懸念だったため、レコードの製造で採択されたのが、オランダのプレス工場であるGreen Vinyl Recordsです。同工場は、射出成形法を採用し、有害なPVCやフタル酸エステルを使用せず、排出量を削減しています。
100%非営利のDJs for Climate Actionは、もともとサンプルが録音された地域のいくつかで活動する組織に、集まった資金を寄付しています。 世界の状況についての話題には気の滅入ることありますが、Perkinsは、そこにはまだ希望があり、こうした独創的なプロジェクトが、問題解決のためにやれることをみんなに考えてもらうきっかけになると信じています。
「プロデューサーに働きかけて創造性を発揮してもらい、必ずしも悲観的な終末じゃない未来を考えてもらいたかった。 そうなるかもしれないし、そうした人たちもいたけど、多くは、奇跡のような場所が消えていくのを食い止めるために力を合わせようよっていうすばらしい音楽だったよ」
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