チャンスをつかめ:Live 11で確率を活かす制作
シンガー/作曲家/プロデューサーのMica Leviは、魔性のエイリアンを描いたJonathan Glazerによる映画『Under the Skin(邦題:アンダー・ザ・スキン 種の捕食)』でサウンドトラックを制作することになったとき、生きて成長する未知なる生命体の音を想起させるために、John CageとKarlheinz Stockhausenを参考にしたとして、次のように語っています。
「最初に耳にする音楽は、予測不可能で、生きていて、解読できないものであるべきです。 ある程度は制御されているけど、偶然性がある…。土台さえしっかりとしていれば、あとは偶然に任せるんです。破滅的で無秩序になる可能性を残すのが理想というか。 そういうのが大好きなんです」
地球外生命体の音世界を作るために、偶然性を交えて作業して不安定で不規則な音を歓迎するのはもっともな話です。 ところが、多くのプロデューサーが偶然や確率を交えて作業をするのには、地球内のもっと現実的な理由があります。それは、予期しない嬉しい出来事を招き寄せ、反復するパートに変化を加えたり、楽曲の構成を決めたりするためです。 そこで、自身の作業手順に偶然を織り交ぜるため、まずは、サイコロを振ってきた作曲家やプロデューサーの先例を振り返ってから、確率を扱うLive 11の新機能で制御を手放す方法をチェックしていきましょう。
作曲を偶然に任せる
クラシックの世界では、偶然の要素を取り入れた音楽を“aleatoric”と言います。これはラテン語でサイコロを意味する“alea”に由来します。 音楽サイコロゲームは、18世紀末に客間でピアニストが興じる人気の娯楽で、楽譜が付属し、サイコロを振って演奏する箇所を決めるというものでした。 モーツァルトは、メヌエットで演奏する箇所の順番を決めるためにサイコロを振っていたと言われています。音楽サイコロゲームでとくに有名な曲の制作者とされていますが、その曲は彼の死後まで発表されることはありませんでした。
モーツァルトもサイコロを扱っていたとされていますが、西洋の作曲家で最初に偶然性や不確定性を活動の中心に据えたのは、John Cageです。 Cageにとって偶然性の音楽は単なる仕掛けではなく、作曲家のエゴを排除するための不可欠なツールであり、作曲でも演奏でも、自分では選択しないような結果を生み出すための方法でした。Cageによる偶然性の重要な作曲手法のひとつは、『易経』と呼ばれる古代中国の占いの書物を参考にすることでした。 彼が考案した演奏手法によって、楽曲のテンポや使用する音符、音符の持続時間と強弱が決定します。 これは、“Music of Changes”(1951年)などを作曲するために用いられた方法でした。
Cageのとくに有名な作品のひとつ“4’33”は、演奏における偶然性の一例です。 4分33秒のあいだ、演奏者は楽器を演奏しません。そのため、聴衆の聴覚が舞台の静寂によって高められ、演奏空間とその周辺の環境音に焦点が当てられることになります。 Cageが演奏を偶然に任せた例には、ラジオのための作品や、演奏する音符のリズムや音量を演奏者に決めてもらう楽譜、いかようにも解釈できる図形楽譜などもあります。
自動生成による音
アーティストの中には、音を自動生成するシステムを作って自分の操作を手放すことにより、偶然性を利用する人たちがいます。 そうしたシステムのひとつは、長さの異なる複数のテープループを同期させずに使用するものです。ちょうど、Brian Enoの“2/1”で聞くことができるもので、 複数のループが常に異なる地点で重なって、無限に変化し続けるサウンドスケープを生み出します。 Enoが設けた生成の基準は、音楽が連続的に変化し、決して同じことを繰り返さないこと、そして、放っておくと延々と続くことでした。 もちろん、音楽を流通させる方法には制約があるため、Enoは自動生成システムそのものではなく、自動生成されたアンビエントの一部を録音して発表しています。
作品のあらゆる側面を偶然によって決定するものばかりではありません。偶然の影響がわずかなものもあります。 Herbie Hancockによる1973年のアルバム『Sextant』の収録曲“Rain Dance”では、オーディオエンジニアでありデザイナーのJim Cooperが開発したランダム・レゾネーターという装置で不規則に自動生成されるピコピコ音に乗せて楽曲が構築されています。 Hancockが行ったのは、ランダム・レゾネーターをテープに録音し、それを聞き返して、いくつかパターンがあるように聞こえる部分を見つけることでした。 その部分は1分間のテープループとなってスタジオ内を周り、テープを引っ張るために配置された灰皿やホッチキスを通過してからテープマシンに戻ります。 ループの中に録音されているピコピコした音が楽曲の宇宙的な雰囲気を作り、バンドの即興演奏の基盤を提供したからこそ、演奏者の探求する方向性が実現しています。
アルゼンチンのシンガーソングライターであり、2018年のLoopに出演したJuana Molinaも、2013年の楽曲“El Oso De La Guarda”で同様の不規則な音を使用しています。ただし、こちらは完全な偶発によるもので、別のアイデアを生み出すための基盤としてではなく、解放を提供しています。 同曲は、終盤になると不規則なシンセサイザーの音が連続し、幽かな軋む音とともに流れるのですが、 これは、何年もまえに別の目的でMolinaが作っていた音で、音符が予測できない長さと間隔で不規則に繰り返すようにプログラムされています。 そして、Molinaはレコーディング中に偶然この音を鳴らしてしまい、そのまま残すことにしたのです。
話し声とグリッチ
デジタル方式で確率的な音楽を実験することは、もともと学術的な探求でした。 アメリカの作曲家Paul Lanskyのコンピュータ音楽3部作『Chatter』は1985年から1988年までの間に制作されたもので、1作目の“Idle Chatter”は、丸1部屋を占める大型汎用コンピュータシステムIBM 3081で作られています。3つの作品はすべて、Hannah McKayの朗読する詩を録音したものを切り刻み、その語りの断片を任意に並べ替えて意味をわからないようにすることで制作されました。 その結果、常に変化して、どことなく人間の会話の自然なリズムを思わせながらも決して、明瞭にはならないものになっています。
Lanskyの『Chatter』のような音楽がデジタルメディアの能力を追求する一方で、グリッチミュージックはデジタルメディアの誤作動をアートにしています。グリッチは意図せぬ音の変化やデジタルな誤りをすばらしいものとして扱い、そうした予期せぬ嬉しい出来事を発生させるためにプロデューサーたちは偶然にもとづいた手法をよく利用します。 ドイツのエレクトロニックミュージック・グループOvalによる1995年のアルバム『94diskont』は、CDにマジックで線を描いて音飛びを誘発させ、その結果をサンプリングすることで制作されました。 CDのどの部分で音飛びするのか、そして音飛びによるリズムがどんなものになるのかは、まったく予測できません。 その結果には、不気味な美しさがあり、小刻みに変動するリズムと質感は大海原のようでありながら、科学技術のようにも聞こえるものでした。
制御を手放す
確率を扱う機能がLive 11に含まれているのは、実験するためだけではありません。人間らしさを表現するためでもあります。 生ドラマーを録音することの魅力の一部は、演奏にかすかな動きが出ることにあります。1打1打で強さがわずかに異なり、タイミングがわずかにずれ、ときには叩き逃すこともあります。 こうした小さな変化は人間らしく感じられ、そのため、打ち込んだビートだとかっちりとしていてロボットのように聞こえることがあります。 Live 11には、偶然を利用してすばやくバリエーションを生成し、ビートを人間らしくする機能が搭載されています。
まずは、MIDIノートにベロシティの範囲[Velocity Range]を設定する機能です。 これにより、MIDIノートが演奏されるたびに、指定された範囲からベロシティが不規則に選ばれるようになります。この機能がとくに有効なのは、ハイハットなどの反復パートに人間らしさを加えるときです。 予測不可能さをさらに高めるには、MIDIノートの発音率を設定するチャンス機能[Chance]を使います。たとえば、チャンスを50%に設定すれば、MIDIノートが再生される確率は半分になります。 ループにしている部分でベロシティの範囲やMIDIノートの発音率を設定すると、ループ再生のたびに変化して聞き飽きないビートになります。
MIDIノートの発音率は、ループするたびに変化するメロディーパートを作っておもしろみを出すのにも有効です。 とくに効果的なのは、賑やかな高音のメロディー(アルペジオで鳴らしたベルの音や、短く連続する人工的で甲高い金属音など)から、ポツポツと自然に散らばったバリエーションを作るときです。
この方法なら、パッドやキーボードなどのコード音源を使って、そのMIDIノートの一部か全部で発音率を調節することで、確率で変化するコード進行を作ることができます。 どのコードがどの頻度で鳴ると一番しっくりくるかいろいろと試してみましょう。すべてのコードの発音率を低くすると、安定したコード進行ではなくなり、偶発感が増します。ひとつかふたつのコードの発音率を高くすると、しっかりとしたハーモニーの土台にわずかな変化が加わります。
先述のPaul Lanskyと同じことをしてみたい場合は、声の素材に確率を設定していろいろと試してみましょう。 話し声や歌声の素材をSimplerでスライスして、スライスしたものをMIDIクリップに打ち込み、各MIDIノートの発音率を下げてみてください。 抑揚のある単独の歌声をスライスすれば、ハウストラックで心地いい音になるほか、ポップな曲でリードボーカルを刺激的にリミックスする手段にもなります。ただし、『Chatter』のような声の断片のざわめきを本当に作り出すには、確率を設定した複数の話し声をいくつか重ねてみるといいでしょう。
この手法によってSimplerで楽器の音をスライスして偶然性で引き立てれば、予期せぬ嬉しいグリッチを誘発する方法になります。 スライスの長さの変更、いろいろなエフェクトの適用、リサンプリングなどを試しながら、さまざまなパラメータを変化させて、同じ音素材をもとに未知なるデジタル音のバリエーションを作ってみましょう。
ランダムな編曲
作品の編曲では、つい癖が出てしまい、似たような構成の楽曲ばかりになってしまいがちです。 そこでランダマイズの手法を用いると、普段は考えもしないような編曲のアイデアが思い浮かびやすくなります。 モーツァルトがサイコロを振って曲の構成案を考えたように、Live 11では、シーンにフォローアクションを設定して編曲を考えられるようになりました。楽曲のパートのアレンジを完全にランダムで考えるときは、すべてのシーンのフォローアクションを“Other”に設定し、アレンジメントビューへ録音してみましょう。 ランダムに選ばれた結果がアレンジメントビューに録音されるので、それを聞き返してもっとも気に入る展開を選び、それを軸に楽曲の残りの部分を作成していきます。
偶然性と確率を徹底的に追求するには、使える機能をすべて一緒に使って、Liveに働いてもらいましょう。 MIDIノートの発音率とベロシティの範囲を設定したクリップを複数作成して、クリップとシーンの両方でフォローアクションを設定します。 そうすれば、変化しながら自動的に生成される楽曲を作ることができます。 賑やかで音数多めのクリップと、隙間のあるクリップ(もしくは無音のクリップ)を混在させることで、作品の動きに強弱が生まれます。リズムやメロディーの音を多く/少なくしたい場合は、クリップで確率の値を自分で調整してもかまいません(ライブパフォーマンスの状況で行うと便利です)。
シーンのフォローアクションを使用することで、設定したクリップが一緒に展開する支点となる場所を楽曲に含めることができます。ビート主体のジャンルには便利ですが、Brian Enoのような自動生成されるアンビエントミュージックを作りたい場合は、シーンのフォローアクションを使用せず、なめらかに変化する優美な聴取体験をめざすといいでしょう。