Sowall:ジャズドラミングからフィンガードラミングへ
アーティストの中には、まず最初にすべてのサウンドやアイデアを並べ、そこからさまざまな要素を引いたり足したりしながら一曲を完成させていく人々がいる。 その一方で、核となるサウンドやパターンを余裕を持たせて配置し、そこから複雑なレイヤーを重ねていくアーティストたちもいる。
完全にスタジオで完結した作曲、あるいはYouTubeやInstagramで人気を集めるパッドドラミングの即興を問わず、Lee Sowallが手がける楽曲は途切れることなく複雑さを増している。 優れた俳優はそれが演技であることを観客に忘れさせるが、それと同様に、Sowallの演奏やトラックデザインはその楽曲における個別の要素の存在をリスナーに忘れさせ、「多数の木々の集合体」ではなく「ひとつの豊かな森」を提示する。
ジャズドラマーとしての経歴を持つSowallは、The Temperature of Saying Hiのドラマー兼ソングライターとしてポップやロック方面での才能を発揮し、またSowall名義ではビートメイカーやソングライターとして印象的な作品をリリースしている。 Pushを使ったパッドドラミング、スティックを使ったアコースティックドラムやエレクトロニックドラムの演奏、ゆったりとした空間を豊かに彩るシンセやエレクトリックピアノ、あるいはフィルターのかかった泡で味付けされた親密なラブソングなどを問わず、Sowallは芸術の世界に古くからある格言「演奏すべき時/演奏すべきでない時を知る」をさらに体現している。
Loop 2018に参加し、90分間に渡り同じテンポが持続するセッション、そして今回が初めてとなるチェリストのClarice Jensenとのコラボレーションなどいくつかの即興セッションでパフォーマンスを披露したかたわら、SowallはDavid Abravanel、そしてSowallにとって長年の友人でもある翻訳家 Howon Lee(韓国語)とともに自身の音楽をテーマにしたディスカッションに参加した。
ビデオをいくつか拝見すると、あなたのフィンガードラミングは興味深い方法をとっていますね。明確なクリックを使うことなく、常に一定のビートをキープしています。 これは相当に難しいはずですが、この方法における秘訣は何ですか? ドラマーとしてのバックグラウンドがパッドドラミングの能力にも活かされていると思いますか? あなたのようなレベルのフィンガードラミング習得を目指す人に対して、どのようなアドバイスを送りますか?
素晴らしい質問ね。というのも、いつかこういう質問をインタビューで尋ねてくれる人がいるだろうと思っていたんだけど、やっとあなたが初めて質問してくれたから! (笑)
アコースティックドラマーやミュージシャンとして、クリックのガイドなしで一定のテンポをキープできるのは良いことだわ。 そこには長所と短所があるにせよ、わたしはテンポに対してすごく執着があるの。 その執着には良い面もあれば悪い面もあるけれど、テンポキープはある意味自然にわたしの中に身についたものなの。 でも、フィンガードラミングをするときは、(アコースティック)ドラムを演奏していたときに気にしていたことを忘れるように努めている。 つまり、(フィンガードラミングは)ある種の逃避というか、制約から逃れるためのものなの。アコースティックドラムを演奏していたときは、ずっとテンポキープという考えにとらわれていたけれど、フィンガードラミングをしているときはほんの少し自由になれるの。
フィンガードラミングに熱中しはじめた当初は、こんなものが世の中にあることも知らなかった。というのも、自分から探したことは一度もなかったから。単純にこれは楽しいなと思ってやっていただけ。 そんなわけで、10カ月近くもフィンガードラミングをしていても、実際にインターネットで検索するようなことはしなかった。 それで、他の人たちがやっていることをチェックもせずに自分でビデオを作りはじめた。この方法だと、自分のイマジネーションを自由なままにしておけたし、楽しんでいられた。 その後しばらくして、世界には自分と同じことをしている人たちがいるって知ったの。もちろん、それはとても快い驚きだったけれど、同時に少しうんざりさせられた。 だから、今のわたしはフィンガードラミングに対して食傷気味になってきているの。知らないがゆえの良さというのがあるけれど、今ではみんなが同じことをやっていると知ってしまったから、楽しさが少し失われてしまっている感じなの。 それで、わたしはいったんフィンガードラミングから離れているところ。近いうちに再び刺激を受けるようなことがあれば、またフィンガードラミングに戻るでしょうね。
また、ビデオを制作するときはほとんど即興でドラミングしていたから、撮影後に再現できないの。 もし、ビデオの中の演奏で本当に気に入ったマテリアルがあったら、振り返って聞いてみて、その部分を再現するために練習することになるわね。
ジャズドラマーとしての経歴をたどってみると、あなたはポップバンドであるThe Temperature of Saying Hiでもドラムを叩いていましたね。 バンドに所属するドラマーから、フィンガードラミングやソロでのビートメイクに移行した経緯はどのようなものだったのでしょう?
今でもアコースティックドラムは頻繁に演奏しているわ。 最初にドラムを始めたときはジャズを演奏していたし、もちろん今でもジャズやその他のジャンルの音楽も好きなんだけど、ジャズにはその様式においてある種の制約があるの。 わたしはもっとたくさんのアイディアや異なるサウンドのタイプやジャンルを探ってみたかったし、それにジャズミュージシャンだけではない他のプロデューサーたちとも繋がってみたいと考えていたの。 もっと広い世界を探求してみたかったのね。 それで、コンピュータを使って音楽制作を始めたの。
フィンガードラミングは遊びで始めて、見てのとおりかなり上達したわけだけど、今ではかなり慣れっこになってしまったわ。 フィンガードラミングも実際のアコースティックドラムの演奏とそう大きく異なるわけではない。なぜって、音楽の多くはどこかしら共通点があるものだから。そうでしょ? だから、フィンガードラミングがあまりにかけ離れたものだとは思わない。フィンガードラミングもひとつの楽器にすぎず、アコースティックドラムの演奏とかなり近いの。
あなたが登場したFACT Magazine『Against the Clock』では、まず4x4のサンプルグリッドを組み立て、これを使って楽曲全体をライブで演奏できるようにしていましたね。 即興と楽曲制作を同時にこなせるようにするために、どのようにしてサンプルグリッドを組み立てているのでしょう?
お気に入りのサウンドや音楽をまとめたフォルダがあるから、まずその中をざっと見てみて、ドラムラックにドラッグするだけね。 わたしは演奏をする人だから、ドラムラックはすごく使い勝手がいい。ドラムループとドラムラックだけで作業するの。 とにかくサンプルを(ドラムラックに)放り込んでみて、不要なサンプルをラックから取り除いて、特定のセットに使用したいサウンドを慎重に選ぶ。
Live内にあるお気に入りのサウンドをまとめたフォルダには、水が滴る音や波の音など、フィールドレコーディングして集めた素材がたくさん入っているわ。 そういうサウンドを使ってアイデアを考え、制作を始めるの。 でも、フィンガードラミングでは必ずしも常に同じセッティングを使っているわけじゃない。 スタジオではセッションビューを開いてキーボードやマウスだけで作業して、そこからさまざまな組み合わせを探っていくこともあるわ。 そんなわけで、フィンガードラミングは完全にパフォーマンスのためにあるといえるわね。スタジオではよりコンピュータ中心でアイデアに取り組んでいるわ。
ライブでのセットアップはどのようになっているのですか?
わたしのライブ用セットアップは、会場やステージの大きさ、あるいはパフォーマンスの種類によって変わってくる。 でも、セットアップの中心にあるのはLiveとPushね。 ループの大半は事前にアレンジされていて、ライブではそれらを面白く聞かせようとしている。 曲によってはたまにRoland SPDも使うし、Moog Sub 37を使う機会も多いわ。 また、たまにPushと一緒にアコースティックドラムを演奏する場合もある。 ループを作ってからドラムに移動したり、ライブセットの中ではPushやLiveと並行してさまざまなシンセや追加のドラムを使用している。
メディアではあなたはビートメイカーとして紹介される機会が多いですが、アルバム『Favorite』ではその音楽性の高さにも驚かされました。 リリックも素晴らしいですし、コード進行もとてもエモーショナルに感じられます。 アルバムでは多くの場合コラボレーターが歌っていますが、リリックはすべてあなたが手がけているのでしょうか?
アルバムのリリックの大半はわたしが書いたもので、参加している他のバンド向けにも作詞を行っているわ。 作詞にはすごく興味があって、日記みたいに毎日リリックを書きためているノートがあるの。 作詞と作曲は別々のものとして分けて考えているわ。 作詞をしているときは楽曲の構成のことはまったく考えないし、リリックのことだけに集中している。 だから、わたしがモチーフを見つけたら、それがリリックか楽曲のいずれかに生まれ変わる可能性があるわね。
メロディーにかんして言えば、わたしはじっくりと時間をかけて作曲するのが好きで、一曲を仕上げるのにかなり長い時間をかける。 それに、いわゆる曲らしい曲という概念はわたしの中にはないの。ヴァースとコーラスがあって、その繰り返しで構成されるような曲はね。 作詞にかんしてもそうで、モチーフを見つけたら毎日少しずつリリックを書き進めていくの。 ある日は1小節だけ作曲したかと思えば、次の日は別の曲の小節を作曲することもあるわ。 毎日ほんの少しずつ作曲して、それらが積み重なって最終的にひとつの楽曲になるの。