警告のサウンド: 気候アクションのためのデータ・ソニフィケーション
火災報知器や学校のチャイム、車のクラクションなど、音で周囲に注意を促すことは今に始まったことではありません。 バーコードの読み取り音やスマホのピッという音などは小さな気づきを与えてくれますが、目を向けなければならないもっと深刻な問題があります。 私たちは、人間の活動が気候や生態系に深刻な影響を与える“人新世”の時代に生きているのです。 森林破壊をはじめ、海洋の酸性化、生物多様性の減少は、世界を脅かす問題としてよく知られていますが、地球は人々に警告するすべを持っていません。ベルやビープ音、サイレンなどの簡単な手段でさえ。 でも、もし地球が何世代もかけて少しづつ表面化してきた問題を音で警告してくれるとしたらどうでしょう? あるいは、もしあなたが地球の気持ちを代弁するとしたら、何を言いたいですか?
人々は、周りの世界をよりよく理解するためにグラフやヒートマップ、円グラフなどの可視化できるデータに頼ることがよくあります。 でも、もしそのデータに耳を傾けられるとしたらどうでしょう? 20世紀初頭から人類は音を使って、知覚できない現象を明らかにしてきました。 1908年に発明されたガイガーカウンターは、放射線をクリック音に変換して検出・分析することを可能にしました。 データ・ソニフィケーション、つまりデータの可聴化が正式に定義されたのは1992年ですが、それ以来、非言語の音声(英語)を使った情報の伝達は、科学者をはじめ、サウンドアーティスト、また音楽制作者などに支持されてきました。
データ・ソニフィケーションは、気候変動への意識を高める有用なツールとして注目されています。 減少する森林の音から地球の気象パターンの変化まで、地球が語るべきストーリーを増幅し、理解し、結びつけるための強力な新しい方法なのです。
「人々にとって聴覚は、常に重要な役割を担っています」と環境科学者、サウンドアーティスト、データ・ソニフィケーションの実践者であるMarcus Maederは語ります。 「人間は聞いたことをすばやく分析する能力を持っています。 何の音か?どこにあるか?それらをすばやく特定することが重要だったことを理由に進化してきました。 そのおかげで“洞窟の前で待っている虎”から身を守れたのです。 でも、音は人々の感情ともっと直接的に結びついていると感じます。 歴史的に音楽は、感情的なコミュニケーションとして存在してきたのかもしれません。 はじめは母親の歌声であり、年を重ねると、ラジオから流れるポップソングが心に響いてくるようになりますよね」
Maederの環境科学とデータ・ソニフィケーションへの情熱が開花したのは、スイスで美術を学んでいた頃。 90年代に急増したエレクトロニックミュージックやテクノに触発され、フィールドレコーディングやサウンドアートを探求し始めたMaederは、そこですぐに環境科学との関連性に気づいきました。
「サウンドアーティストになると、マイクを持って屋外に出ますよね」とMaederは話します。 「すると周囲の環境から聞こえてくるものが、生態学的な意味を持つことに気づき始めました。 そして突然、興味が目覚めました。それがすべての始まりの瞬間でしたね」
treelabプロジェクト
Maederの仕事は、そのキャリアを通じて生態系に関する幅広い分野に及んでいます。 科学者をはじめ、研究者、環境団体などの多様な人々と協力し、気候変動の影響下にある地域やコミュニティ、生物を観察するさまざまな環境音響学の調査を行ってきたのです。 その中でも、最も重要な環境関連のデータ・ソニフィケーションのプロジェクトのひとつとして挙げているのが、Roman Zweifelと共同制作した空間音響インスタレーション、treelab(英語)。
「ヴァレー地方の測定を共同で行いました」とMarcusは振り返ります。 「そこは、スイスアルプスの中でも特に乾燥した地域のひとつで木は乾燥によるストレスを受けると大きな音をたくさん出すと聞いていたんです」
この地域の森林は主にヨーロッパアカマツで構成されることに、Marcusは注目しています。 「この種の樹木は、干ばつや暑さに対してすでに生理的な限界に達しています。 そのため、森の一部はすでに枯れてしまいました」
MaederとZweifelは、treelabに取り組む中で、樹木のアコースティック・エミッション(音の放出)を利用して気候変動の影響を説明できることに気づきました。 この地域の環境問題を、日常生活で見たり、感じたり、聞いたりすることのない人々に、親近感を持ってもらうために、地域での干ばつのストレスを測定し音で表現する、サウンドインスタレーションを開発しました。
「芸術面での課題は、微気候の状態を表現する人工音を制作することでした。 たとえば、空気の湿度や、植物に降り注ぐ太陽の光を表現する音を探す必要がありました。 そして、その音をすべて合わせると、生成的な音楽作品のようになったんです。 インスタレーションと作曲のすべては、Max/MSPとJavaScriptで作りました」
フランスの元大統領François Hollandeとの偶然の出会いにより、treelabは世界的な舞台に上がることに。 作品に感銘を受けたHollandは、パリで開催された国連気候会議(COP21)でのインスタレーション展示を提案したのです。 この会議で196の加盟国が、世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比較して“2℃より十分低く”抑える、いわゆる“パリ協定”(英語)に合意しました。
「このプロジェクトはtree:Pinus sylvestrisという名前ですが、実質的にはtreelabでした」とMaederは振り返ります。 「でも、ここで言っておきたい大事なことがあるんです。 国連が主催する気候変動会議に参加したのは、すばらしい経験と思うかもしれないけど、そこにいた人たちは僕たちが求めている聴衆ではありませんでした。なぜならその人たちは、すでに気候変動に敏感な人たちだから。 この作品は、どこか公共のそんなものがあるなんて誰も予想もしていない場所で見せることでより大きな効果が得られると思うんです」
Maederは、歴史上の語るべき物語を形成するときにアートが重要な役割を担ってきたことを強調します。 ルネッサンス期の例を挙げながら、アートが世界観を変え、常に新しい知識を伝えてきたと。 しかし、気候変動に対する見方を形づくる上で、アートが果たした役割は過小評価されがちだと考えています。 その一方で自身の作品も他のアーティストと同様に、より大きな対話への小さな貢献に過ぎないとも考えます。
「アート、つまり非言語的な知識や物語を作り出すことには、大きな可能性があると思います。 そして、自分たちは大きなものの一部であることを理解することが大切です。 音楽とアートは、それを感情的に表現するのに役立ちますね」
Loud Numbers
Loud Numbers(英語)は、Miriam QuickとDuncan Geereによって設立されたデータ・ソニフィケーションのスタジオです。 ふたりは、ポッドキャスト配信(英語)でデータのストーリーを語り、それを使ってオリジナル楽曲を制作しています。 「ストーリーテリングをはじめ、コード、グラフィックデザイン、そしてデータが交わる楽しい仕事なんです」とGeereは話します。情報デザインの担い手であるGeereは、環境非営利団体や他のクライアントが、データを使ってストーリーを伝えることを手助けしています。
「数字を伝える斬新かつユニークで多感覚的な方法にとても興味があります」とQuickは話します。ジャーナリストでありミュージシャンのQuickは、Geereのスキルや二人が語るストーリーを補完する存在です。 「いつも同じように物事を見ていると飽きてしまいますよね。だからこそ、データ・ソニフィケーションの斬新さは強みのひとつなんです。 それに感情に訴えかけられる。 音楽は本来、感情的であり、共感を作り出せますからね」
グラフはデータを伝える一般的な方法ですが、距離を感じるため、感情に訴えるインパクトに欠けるとGeereは話します。 しかし、データ・ソニフィケーションには、身体的な感覚を呼び起こすユニークな性質があると彼は考えています。 たとえば、視覚とは異なり、音はより大きな音量と強度で体験することができ、より直感的で感情的な反応を生みだすことができます。
「いつも言っているのは、データ・ソニフィケーションは物理的に痛いほど大きな音を出せるけど、物理的に痛いほどの長い棒グラフを作ることはできない、ってことなんです。 音で体験する方法と視覚で体験する方法の違いはそこにあります」
Geereの考えは、2022年7月の熱波に見舞われたイギリスの3か所での気温データを音に変換したLoud Numbersでよく示されていると言えるでしょう。 データの数字は、最低気温の11度からイギリスの新記録となる最高気温の40度までの範囲に及んでいます。 作品中のより大きく荒々しい音は、その時期の暑い気温を反映しています。
Loud Numbersのポッドキャスト第1弾『The Natural Lottery』では、GeereとQuickが、懸賞に参加した地元の人々が集めた100年間のデータセットを通じて、アラスカの気候変動について探求しています。 この懸賞は、いつ、凍った川の上に置かれた三脚が春に氷が解けて流されて、ベルやサイレンのヒモを引っ張って鳴らすかに賭けるものです。 賭け金総額10万ドル(約1100万円)のこの伝統は1917年から続いているため、魅力的で予想外のデータを生み出しています。
「20世紀のとても早い時期から始まっているんですよね」とGeereは言います。 「だから、実に長期にわたるデータなんです。 そして、時間の経過とともに氷が割れる時期がどんどん早くなっているので気候変動がわかります」
「速度の上昇は、地球の気温上昇を反映しています」とQuickは話します。 「そして、これは明らかに気候変動によって加速しているのです」
Quickは当時を振り返って「これをどうやって音で表現するのか? どうすれば最も聞きやすく、人々にとって意味のあるものになるのだろう?」と考えました。その結果、データから生まれた楽曲は北欧テクノになり、アラスカの凍てつくような風景を映し出しています。
「多くの場合、雰囲気を作り出すことが大事です」とQuickは話します。 「いろいろな表現方法で考えていますね。 音楽だけでなく、ストーリー、また題材から呼び起こされる視覚的なイメージもです」
QuickとGeereは、エピソード『The End of the Road』で生態系のもうひとつの脅威、昆虫の減少について話しています。 同じ区間を車で走行した後、フロントガラスに付着した昆虫の数がどう減少したかを22年間にわたり記録した、Anders Pape Møllerによる科学論文(英語)のデータをもとにしています。
「科学論文による昆虫の数を表現しました」とQuickは語ります。 「虫が多ければ多いほど、ブーンという音も聞こえ、虫がいなくなると音も消え、楽曲が空白になっていき、最後は本当に静かになります」
「本質的には、最後になった昆虫の命に対するレクイエムとして、この曲を発表しました」とGeereはつけ加えます。 「だから、そのための音の表現をたくさん盛り込みました。 お葬式のような鐘の音が入っています。 とても陰鬱で、葬送感のある雰囲気が伝わるんです。 ハーモニーの工夫やジャンルの引用を駆使した雰囲気づくりは迫力がありますね。 それによって自分たちの作品は、ほかのソニフィケーションを使うアーティストの作品との違いを生むのだと思います」
データ・ソニフィケーション、そのツールや技術
音の変数とは、データを表現するために変化させる音のさまざまな要素のことだと、Geereは解説します。 この変数に含まれるのは、ピッチや音量、テンポ、長さ、ステレオ位置、楽器の種類、ハーモニー、そして、エフェクト(ディレイ/ディストーション/リバーブなど)。 “音の変数”という言葉は、フランスの地図学者であるJacques Bertinが、データを視覚化するために視覚変数を開発したことに着想を得ています。
Geereによると「変数はデータで制御するので、 たとえば、数値が大きいほどより音量を大きくします。 また重要なデータ部分には大量のリバーブをかけるなど、 あるいは異常が見られるデータ部分には、何らかの方法で歪みを持たせています」
「時系列データから始めるのがいいと思います。というのも、音楽は時間の経過に沿って自然に流れるため、脳が処理しやすいからです」とGeereは言います。 「これは1年を3分間に圧縮したものだと、脳に思わせるのは簡単なんです」
データ・ソニフィケーションに使えるツールはたくさんありますが、Geereは初心者に対して、コードを書く必要なくデータを音に変換できるTwoTone(英語)のようなシンプルなアプリを紹介しています。 より複雑なデータ・ソニフィケーションには、Sonic Pi(英語)/Super Collider(英語)/Max/MSP(英語)などのプログラミング向けのツールがよく使われます。またGeereは、モジュラーシンセをソフトウェアでエミュレートできる無料のVCV Rack(英語)を使用するほか、データによる電圧制御が可能な仮想モジュール(英語)をコード化するために必要なC++を学びました。
「この仮想モジュールを使えば、電圧出力を制御できるので、それを他のモジュールと自由に組み合わせて使うことができます。基本的にはデータで作られた独自の楽器などです。 いま紹介したツールは開発中で、アップグレードもされる予定ですが、使い慣れたハードウェアやソフトウェア環境でデータ・ソニフィケーションを試したいミュージシャンにとっては、便利な出発点となるでしょう」
Quickは、多くのデータで複雑にしすぎない方が良いと言います。 たとえば、『The Natural Lottery』の音楽部分を制作したとき、QuickとGeereは、あまりに多くの情報を使うとリスナーが理解しづらくなることに気づきました。 もともと、氷が割れる時期の早さをテンポに対応させる実験をしていましたが、複雑でわかりにくくなってしまったのです。
また、あらゆるデータを効果的に表現するため、音域を両極端にして試すことも良いのだそう。
「データの数値が1から9だったら、1の時と9の時の音をテストしてみます。もし極端な違いでもうまくいくなら、中間部分でもうまくいきます」
Marcus Maederにとって、サウンドアーティストが自身の扱うデータの文脈を理解していることは重要です。 「自分の考えでは、優れたアートとは、常に科学的な情報に基づいたアートなのです」とMaederは語ります。 そして、自分が教える学生に、情報にもとづいた有意義な作品を作るため、収集したデータの背景にある科学的分野や環境的な文脈を理解することを勧めています。
チューリッヒ芸術大学の“音と環境”コースでは、オープンソースや手頃な価格のコンピュータツールを使った、データの収集や基本的な分析、音への変換などの方法を学生に教えています。 Maederは、プログラミング知識のない学生向けに、オンラインのソニフィケーションツール(英語)を提供し、Max/MSPを知っている上級レベルの学生には、自作のソニフィケーションのパッチを配布しています。
環境音響モニタリング
ポツダム研究所の研究(英語)により、メキシコ湾流、特に北流の部分が不安定になっている証拠が発見されました。それによって今後、ヨーロッパの気候に劇的な影響を及ぼすと予想されます。 この不安定さを受けて、Maederの音響モニタリングプロジェクトImeall an chostaは、アイルランドのWest Corkにある海岸の気候の変化を、科学的かつ芸術的な方法で調査・観測することを目的に行われました。 動物の声を録音し、陸上や水中でのさまざまな音を聞くことで、研究者はこの地域の生物多様性を感じ取れると、Maederは説明します。
「海藻の群生地の健康状態は、録音だけで判断できるんです。 生命力にあふれていますからね。 魚の音や貝の音、そしてそこにいる他の生物の音も聞こえます。 水中生物がどれだけの音を出しているか、人々はよく知りません。 特に海藻はそうです。 まるでウェーブテーブルシンセ合成のような、とんでもない音を出すんですよ。 というのも、海藻はガスの泡を出しますが、これが実にシンセ的な音なんです。その素材から音楽サンプルにするのも面白い方法ですね」
Maederは、新しいプロジェクトに取り組む意欲を示しながらも、気候変動の影響はすでに目に見える形で現れているため、単に警告するだけでは遅すぎるとも感じています。 それよりむしろ、どうすれば自分の作品が、すでに存在する影響に人々が対処し、管理することに役立てるかを考えています。
「根本的に遅すぎたという気がしています。 大災害はすでに存在しています。 『Arts of Living on a Damaged Planet』(傷ついた惑星に生きるアート)という、すばらしい本がありますが、 自分の仕事はますますその方向に向かっていますね」
Maederは、環境問題に立ち向かうためには新しい視点やアイデアを作り出すことが必要だと考えています。 Maederはベルリンで、東ドイツの遊園地、シュプレーパーク(英語)の長期観察に取り組んでいます。 過去20年間でこのエリアは動植物によって再生され、新たな自然空間へと生まれ変わりました。
「都市の中心部を変革し、他の生物や植物、そして動物との共存のあり方に目を向けなければなりません。 特にベルリンでは、このことについてよく考えています。 未来の都市構造はどのようなもので、 そして、それが音響面でどのような影響をもたらすのだろうかと」
Spreepark Art SpaceとGrün Berlinの依頼で制作されたSpreeparkradioは、敷地内の様々な場所から聞こえるサウンドスケープを通して、時空の旅を楽しむことができます。
データ・ソニフィケーションを始めてみる
スキルの向上やデータ・ソニフィケーション制作者の交流の場として、QuickとGeereは、この分野に興味がある人を集めた新しいDiscordコミュニティ、Decibels(英語)を立ち上げました。
「コミュニティのネットワークを主催しはじめたんです」とGeereは話します。 「毎月、ミートアップを開催していて、自分が作ったもの、あるいは他の人が作ったものを持ち寄って話をすることができます。 また毎月誰かがデータを持ち寄り、それをみんなが音に変換するという試みを行っています」
Loud Numbers Studioでは、データ・ソニフィケーションを始めたい人向けにGeereとQuickによってキュレーションされた豊富なデータ(英語)が公開されています。 ここには大気中のCO2や気温、太陽黒点、原油流出、オゾン層破壊ガスなど、64年分の年間データなどがあります。 また大気中のCO2や気温異常、北極の海氷の月次データも含まれています。
これらのデータとデータ・ソニフィケーションを始めるためのコツやアイデアは、Loop Community Discordで閲覧可能。 サーバーに参加する(英語)
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文/インタビュー:Jenna Jones、Joseph Joyce