“継続は力なり”と言われるように、練習によって技術は上達します。 では、いい練習とはどんな練習なのでしょうか? そこからどのようにして目に見える結果が生まれるのでしょうか?
音楽に関して言えば、練習とは芸術的な表現と科学的な精細のバランスをとり続ける行為だと考えることができます。 このことを理解しやすくするために知っておくと便利なのが、神経科学のミエリンと心理学のフローという2種類の概念です。 この両概念がひとつになって、限界的練習として知られる練習方法を形成します。
ミエリン
自分に向かってボールが飛んできた場合、おそらく、手で本能的にボールを受け止めようとするでしょう。 これまでに何度もそんな対応をしていれば、ボールを受け止めようと考えるというよりは、勝手にボールを受け止めます。 なぜなら、その反応を習得しているからです。 認識できる状況(ボールが自分に向かって飛んできている状況)を、それに付随する反応(ボールを受け止める反応)と脳が関連づけたのです。
このことを理解するには、人の脳が行動神経と知覚神経の両方で構成されていると考えるといいでしょう。 認識できる状況と反応が関連づけられると、行動神経と知覚神経の各組み合わせで新しいパターンが成長します。 人の脳は新しい状況に遭遇すると、知覚と反応行動の新しいパターンを作らなければなりません。 その状況に遭遇して、この新しい神経パターンを使うほど、神経パターンが強くなっていきます。 この過程はミエリン形成(髄鞘形成)と呼ばれ、神経細胞が自らを守るためにミエリンと呼ばれる脂肪タンパク質を生み出します。 ミエリンにより、神経細胞内の電気刺激(言い換えると、思考)をより速く効率的に伝達することが可能になります。
しかしミエリンには、諸刃の剣となる側面が少しあります。ミエリン形成は、良い性質と悪い性質のどちらの刺激にも適用されるからです。 そのため、正しくないことをしても、ミエリン形成によって神経経路が強化され、悪い習慣が形成される原因になってしまうことがあります。 こうなるリスクを緩和するには、焦らずに練習をして間違いを克服するようにすることが非常に重要です。 音楽の練習をしていると、このことがとてももどかしく感じられるかもしれません。とくに、少しでも早くイメージどおりの演奏をできるようになりたいときはそうでしょう。どんな成長にも言えるように、通常、音楽の技術の成長も徐々に進行するものですが、精度の高い練習をすれば、適切な場所へ着実にミエリンを形成させることができます。
フロー
音楽の練習と、ハンガリーの心理学者による幸福度の研究にどんなつながりがあると思いますか? 自著『フロー体験 喜びの現象学』(1990年)でMihaly Csíkszentmihályiは、人々がもっとも幸せになるのはフロー状態にあるとき、つまり、目下の活動や状況に集中していたり、完全に没頭していたりする状態にあるときだという理論を概説しています。
みなさんも、走る、書く、読む、もしくはまさしく音楽など、なんらかの活動をつうじて何度かこれまでにフロー状態を経験したことがあると思います。 そのときには気づかなかったかもしれませんが、フロー状態を達成したのは、自分の能力がそのときの活動と完全に一致していたときだった可能性があります。
下の図は、そのことをうまく説明しています。 難易度が高すぎるとフラストレーションが溜まり、逆に難易度が低すぎると退屈になります。難易度と能力が合う場所を示しているのが、真ん中の溝(フロー)です。
このフローの溝の中で作業できているあいだは、集中度が高まるため、実は脳の活動が少なくなります。 自分の身体と意識から難なく流れるように作業している感覚があることから、それを表すフロー(流れ)という用語が使われています。
このモデルでおもしろいのは、人によってフローの溝が異なることです。 人それぞれに独自のバランスがあり、そのバランスは目下の活動によって変化します。また、時間の経過とともに変化することもあります。能力が向上してフロー状態に達するためにもっと高い難易度が必要になるからです。
限界的練習
ミエリン形成やフローのような神経学と心理学の過程を活用して、練習方法を最適化する新しいツールを開発できるとしたら、どうしますか?
新しい技術を習得して向上させるうえで、テクノロジーの果たす役割が拡大しています。 そして、音楽を始める人たちの技術習得をサポートして自信を持ってMIDI楽器を演奏できるように設計されたアプリケーションが、Melodics(英語)です。Melodicsは、前述の習得手法である限界的練習を採用しています。行動心理学者のAnders Ericsson(英語)による研究結果をもとにしたこの手法では、ゆっくり取り組むこと、意識を細部に集中すること、そして求める結果をひとつずつ積み上げていくことが必要になります。 こうした手法はスポーツや運動のトレーニングで採用されることが多いですが、興味深いことに、筋肉の記憶を構築して音楽技術を向上させるためでも同等に機能します。
Melodicsの代表的なレッスンでは、限界的練習が次のステップに分かれて導入されています。
1:オリエンテーション
練習や演奏する予定の音楽に慣れておくことは重要です。 このステップでは、これから取り組む楽曲全体を聞いて、演奏する指の配置に自分自身を順応させます。
2:区分け(チャンキング)
ほとんどの人は、ものすごい理想像から目標を考えてしまいます。 やる気を持続させるために大きな理想像が必要なのは確かですが、極めて短期的な目標を複数設けるほうが、有益でやる気になれることがあります。 この理由から、Melodicsで採用している“チャンキング”という過程では、楽曲を細かなかたまりや構成に分割して、別々に練習して覚えられるようにしています。 分割したものは、そこからつなぎあわせて、だんだんと大きなかたまりにすることができます。
3:集中する
MelodicsのPractice Modeでは、特定の箇所に焦点をあてて時間をかけて練習します。最初にゆっくりのテンポで練習してから、テンポを速めていくことができます。 テンポを遅くすることで、間違いに意識を向けやすくなり、より高い精度が得られます。 このように取り組むと、ミエリン形成の過程で無用な神経経路が生まれる危険を軽減しながら、長期的な筋肉の記憶を構築するために求められる有用な神経経路を強化しやすくなります。
4:評価する
このステップでは、楽曲内で上達したい箇所を選びます。 その箇所を一度演奏したあと、現在の演奏と目標にしている演奏のギャップを評価測定してから、もう一度演奏します。 演奏の間違いを発見することは上達するために不可欠です。 掘り下げた練習で間違いに焦点を定めると、“脳をストレッチする”作業になって苦しいものになり、少しフラストレーションを感じやすくなりますが、最終的には成長につながります。
5:反復練習する
反復練習は非常に大切であるにもかかわらず、おろそかにしたり、忘れたりしてしまいがちです。肝心なのは、毎日練習することです。 意識的に焦点を定めた練習を短時間集中でも毎日行うほうが、計画や焦点の定まっていない練習を不定期で長々と行うよりも、いい結果を得られることがあります。
新しい技術を習得するときは、根気よく定期的に練習するモチベーションを維持するのが非常に大変です。 Melodicsのようなアプリケーションを使うにせよ、単に自分で練習するにせよ、限界的練習の法則に従うことで、練習の過程をさらに楽しく適切で効果的なものにできます。 努力を続けることで、最初は乗り越えられそうにないと思えたことも、やがて習慣化されていくでしょう。
原文:Rodi Kirk(Melodics 製品/教育ディレクター)
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※本記事は、melodics.com に掲載されている文章へ変更を加えたものです。