エレクトロニックミュージックを媒介として社会問題や政治問題についての有意義なメッセージを伝えようとする行為には、避けて通れない課題がある。 シーケンサー、シンセサイザー、プロセッサーを使うことで可能になる表現の幅広さをもってしても、人間の複雑な特性の機微をつかむには十分でないことがあるのだ。 なかにはもちろん、この課題に挑戦して成功を収めているアーティストもいる。
Sam Kidelの最新作『Silicon Ear』では、現在の情報化された過剰な監視社会に潜む特性について、明確に異なるふたつの視点から気がかりな問題が提起されている。 Sam Kidelはコンセプトと実践的な制作アプローチを組み合わせることで、ビッグデータ社会をあざけるように突き返し、日常生活に埋め込まれた高性能装置を使った傍受行為が国家公認で偏在する状況をくつがえす方法を考案している。 『Silicon Ear』はレイヴ元来の無秩序な性質を実験的に解釈したものだが、収録された2曲の背景にある動機がはっきりと立証しているのは、世界中の社会が直面している難題に取り組む必要性だ。
Kidelは次のように語る。「機能のようなものを持った音楽を作るのが面白いですね。 そうすることで、“社会状況や政治状況と芸術は無関係でいられる”という浮ついた考えを持たずに芸術活動を行えます」
既成概念の打破とアルゴリズム生成
Kidelが初めて音楽を世に出したのは、El Kid名義でのことだ。ブリストル拠点のコレクティブYoung Echoに所属し、VesselやJabuとコラボレーションを展開した。 そうした初期作品のほとんどでダンスミュージックに対して完成された独自のアプローチが取られていたが、彼がさらにコンセプト重視のアプローチを確固たるものにしたのは本名名義での活動だった。 とりわけ、2016年の『Disruptive Muzak』では、イージーリスニングを使った従来の電話保留音の在り方を狡猾にくつがえしている。 それを実現したのが20分間のアンビエントトラックである同作のメインバージョンで、Kidelがコールセンターに電話をして自作の抽象的なBGMを何の事情も知らないコールセンタースタッフに対して演奏するというものだ。“DIY”と名付けられたインストバージョンでは、リスナー自身が同じことを試せるようになっている。 そうした面白いいたずら心があるものの、『Disruptive Muzak』では複数の痛烈な問題提起もなされている。強制手段としてのアンビエントミュージックの役割、コールセンターの不当な労働環境、そこで働く人たちの窮状などだ。
ぼんやりとしたアイデアとして、“アクセスできない空間で偽装ライブパフォーマンスをする”ということを考えていました。面白おかしくやっているふりをしているだけっていう。
『Disruptive Muzak』が肯定的に受け止められたことに続いて、Kidelは同じ路線の問題提起を拡大させた。Oxford Brookes University(オックスフォード・ブルックス大学)で「アンビエンスの政治」と題したカンファレンスを行い、David Toopや、芸術活動団体Ultra-RedのJanna GrahamとChris Jonesを含むさまざまな講演者を招いたのだ。 彼はカスタマーサービスの電話オペレーターを模した舞台セットを組み込んで『Disruptive Muzak』のライブも行っており、ロンドンではJamie Woodcock博士とともに、それ以外の場所ではソロでライブを披露した。
Kidelの活動に関する議論が行われるときは常に彼の創作アイデアや意図が一番の話題になるものの、実際のところ、制作プロセスの大半を占めているのは魅力的に思える音を使って作業することのようだ。
彼は次のように明かす。「たぶん、制作に費やす時間の70%はコンセプトなしでいろんな音を試しているだけですね。 これまでに試したものが何百とAbletonのフォルダのなかに入っていますよ。そのほとんどがまったくの手つかずです。 そうしておけば、あとになって何かアイデアを思いつくかもしれない。そのアイデアはぼんやりしたものかもしれないけど、『あ、あのとき試したやつがこのアイデアに合うじゃん』って思うかもしれない」
音楽制作のさまざまな面で実験を行うなかで、Kidelはアルゴリズムのパターン生成を深く掘り下げて研究してきた。その役割のひとつは、彼が音楽制作の教師を務めている学校BIMM(英語)から帰宅後にすばやくシンセサイザーを使って音作りできるようにすることだ。 そして、LiveやMax for Liveに備わっているデバイスを混ぜ合わせて作成したアルゴリズムのパッチがきっかけとなって誕生したのが、『Silicon Ear』に収録の2曲だった。
Dance 'til the cyber police come
『Silicon Ear』のA面に収録の『Live @ Google Data Center』は、Kidelが数多くのさまざまな分野に関わるようになる契機となった。そのなかには、Nile Koettingと松本望睦によって運営される仮想ギャラリーEBM(T)への楽曲提供依頼が含まれている。 「オンラインの偽装部屋」というコンセプトに魅了されていたKidel自身も、実存する空間をリバーブで模倣する可能性を模索していた。
彼は次のように語る。「僕はしょっちゅうリバーブを使います。エレクトロニックミュージック・プロデューサーのみんなと同じです。ちょっとしたテクスチャーみたいなものとしてリバーブを使うことがほとんどですけど、実はリバーブが生まれたのって空間をシミュレーションする方法としてですよね。 それで考えたんです。その空間シミュレーションに基づいて何か有意義なことができたら面白いかなって。 ぼんやりとしたアイデアとして、“アクセスできない空間で偽装ライブパフォーマンスをする”ということを考えていました。面白おかしくやっているふりをしているだけっていう。」
Googleのデータセンターの合成画像。Rayspaceの模型部屋に響くリバーブの音が可視化されている。
Kidelがこのアイデアをあたためていたころ、Googleがアイオワ州にある同社のデータセンターの写真を公表したことで、彼のシミュレーションするターゲットが定まったという。 彼は次のように指摘する。「ああいうデータセンターに自分のプライベート情報が細かく大量に蓄積されているかもしれないというのは変な感じがしますけど、たいていの人はそこに足を踏み入れることが決してない」
サーバー、ケーブル配線、配管などによる洞窟のようなウェアハウスを音でシミュレーションするという目的を達成するために、Kidelが使ったのはQuikQuakによるRaySpace(英語)と呼ばれる音響空間シミュレーターだった。 おもにテレビゲームのサウンドトラック・デザインや映画で使用される同ソフトウェアでは、シミュレーションしたい空間を自分で描くことで、それに応じたリバーブを生み出すことができる。
一方、『Live @ Google Data Center』の音楽コンテンツ面では、Kidelは自身の望むものを実現するために前述のパターン生成をここでも活用し、トラックで使う音の約90%がアルゴリズムで鳴らされることになった。 Kidelは次のように説明する。「そのやり方を採用するきっかけになったのが、Keith Fullerton Whitmanの『Generator』のレコードを細かく分析したことでした。すごく大きな影響を受けましたね。 あのレコードを聞いたり、ライブパフォーマンスを見たりしながらようやくわかったのが、クロックみたいなものがMIDIノートを生成していて、そのMIDIノートのピッチをLFOがコントロールしていることだったんです。 ノートのピッチが上下するパターンが、三角波、正弦波、矩形波のいずれかになっていることがわかりますよ」
Keith Fullerton Whitmanによる『Generator』。Sam Kidelのインスピレーションになった。
Fullerton Whitmanがカスタム構築したモジュラーシンセの機能の一部をKidelはLiveで複製した。使われているのは、ノートジェネレータ、LFOでピッチの動きをコントロールした“Pitch”デバイス、そして、ランダマイズをかけた複数の“Velocity”デバイスだ。同じVelocityデバイスは自作パッチ「Voice Recognition DoS Patch」でも使われている。 インストゥルメントのチャンネルや鳴らそうとするエフェクトによって、ホールド状態の“Arpeggiator”デバイスでMIDIノートが生成されるか、多数のとても短いC3のMIDIノートが非常に短時間ででループするクリップになるか、自分で構築した簡易なMax for LiveデバイスがクロックのタイミングでC3のMIDIノートを送信するようになっている。 そして、この一連のデバイスセットは、Kidelが『Live @ Google Data Center』で使おうとするさまざまなインストゥルメントとサウンドをコントロールするようになっている。
彼は次のように語る。「Keith Fullerton Whitmanのモジュラーみたいに、実際に起こっていることは結構シンプルなんですけど、演奏するたびに異なる変化を見せる音を生み出す機能があります」
傍受機能の無効化
2018年、Kidelは「Eavesdropping(盗聴、という意味)」に出演招待を受けた。Eavesdroppingは、オーストラリアのメルボルンで行われるフェスティバルLiquid Architectureが傍受をテーマにイベントを監修したプログラムだ。この招待も、おもに『Distuptive Muzak』の功績によって実現した。
Kidelは次のように説明する。「『Distuptive Muzak』では盗聴する行為がいくつかのかたちで発生しています。 トラックを聞いている間に、通話を耳にしているでしょう。でも、あの通話はすべてコールセンターでも録音されていたかもしれませんよね……。通話中の出来事を確認するミーティングで再生されたかもしれません。コールセンターが録りためてきたアーカイブにあの通話はきっと保管されているでしょうね」
「みんなは常に聞かれているという感覚を持っている。それってこれまでになかったことだと思います。 それによって、ああいう感覚の雰囲気が生まれているんだと思います。 Liquid Architectureは空間の雰囲気と傍受との間に関係性があることに興味を持っていて、僕を招いて話をさせたかったんだと思います」
『Disruptive Muzak』のプレゼンテーションと並んで、KidelはEavesdroppingに関連する新しいプロジェクトの発足にも招かれた。 オーストラリアへ向かうまえにドイツのスパイスリラー映画『The Lives Of Others(邦題:善き人のためのソナタ)』のワンシーンを見て、ひらめく瞬間があったという。 そのシーンとは、自分のアパートは盗聴されていると疑う登場人物がレコードをかけて音量を上げることで会話を聞こえなくさせるというものだ。 すぐに具体的なアイデアを与えてくれるものではなかったものの、このシーンから得たひらめきからアイデアが膨らんでいくことになった。 メルボルン滞在中にKidelは講演に出席した。そこで一緒に掘り下げた話をしたのがSean Dockrayだ。とりわけ、AmazonのAlexaなどのスマートスピーカーの分野で声の合成や認識の実験と研究を行っていた人物である。 彼が発見したように、声の合成と認識はともに同様のディープラーニング技術を軸に構築されている。彼は研究をつうじて“カクテルパーティー効果”として知られている問題にぶつかることになった。相対的に洗練された人間の耳は数多くの状況で大勢の人たちのなかからひとりの声だけを聞きだすことができる。たとえその声が他の声よりも静かであったとしてもだ。しかし、声の認識で同じことを実現するには非常に骨が折れるが、 研修者たちはディープラーニングを行うAIを使ってこの弱点の回避を試みることで、ある程度の成功(英語)を収めている。
Kidelは次のように説明する。「その方法だと、声認識が行われるのはハッキリとひとりの声が聞こえたときだけになって面白い状況になるんです。そこで試していくことにしたのが、声に音を重ねるというアイデアでした。レコーディングしたものを使うんですよ。『The Lives Of Others』で会話に重ねたあの曲みたいにね」
アメリカ国家安全保障局の元局員によるリークでは、声認識というトピックに関する情報を豊富に知ることができるが、Kidelが会話に音を重ねるというアイデアを発展していくなかでこのリークと同等にインスピレーションとなったのが、Low Orbit Ion Cannonとして知られるハッカーツールだ。オープンソースの同アプリケーションは偽のリクエストを大量に次々と送りつけることで、ウェブサイトをクラッシュさせたり、動作を遅くしたりすることができる。DoS攻撃という呼称でも知られている。
彼は次のように語る。「ちょっとした声を使って作業していて思ったんです。『そうか、人の会話を単に重ねるよりも効果的なのは、大量の妨害する会話を一気に使うことなんだ』って。そうすることで声認識ソフトはひとつひとつの声を個別に対処することになって、どんな会話なのか識別するのがとても困難になりますから」
複数の声認識アプリケーションがオンラインで利用可能だ。そのなかには、Google Docsの音声入力機能や、それよりも洗練されたIBMのWatsonが含まれる。 その目的は音程にもとづいて個別に声を聞きだすことだが、そうした一般公開されたサービスには限度があり、それが顕著なのが複数の声を一気に対処する場合だ。 この点を踏まえたうえでKidelは研究をつうじて言語の最小単位である「音素」を使って作業するようになり、話し手ひとりひとりを識別しようとする声認識ソフトへ多種多様な音程で音素を急速に鳴らして次々と送り込んだ。 その狙いは、自分の話しているときにそうした一連の声を鳴らして、声認識ソフトが会話内容の識別をいっさい行えなくなるすることだ。
彼のパッチ「Voice Recognition DoS Patch」の基本反復処理を構成しているVocaleseは、 Cycling ‘74のコレクションPluggoに収録されているMax for Live用プラグインだ。音素を再生するシンセとして機能する。 Vocaleseの挙動を制御するにあたって、Kidelは前述のアルゴリズムMIDI生成の実験を利用して、自分の目指す活き活きと飛び交うサウンドを作り出した。 デバイスチェーンの最初にはランダマイズをかけたArpeggiatorデバイスを配置し、そのあとに3基のVelocityデバイスを設定している。それにより、ArpeggiatorデバイスからのMIDIノートの一部をランダムに除外して予測不可能性が加わることになる。 先ほどのVocaleseによるさまざまな音素は、このデバイスチェーンによるMIDIツールで発せられるさまざまな音程で鳴ることになる。そこにMax for LiveのLFOデバイスを使って、音素のスピード(すなわちピッチ)がランダマイズされる。
その段階では一度に鳴らされる音素はひとつしかないため、さらなる複雑さを生むためにKidelはIRCAMAX 2というPackに入っているIM-Freezerを自身のパッチへ加えている。 IRCAMによって設計されたサンプラーのようなこのエフェクトには、Vocaleseの音声信号を録音して一時的に記憶するバッファ機能があり、その音が違うスピードで原音に重ねられて再生される。
※Live 10とMax for Liveが必要です。
Kidelは次のように説明する。「IM-Freezerではグラニュラーシンセシスや高速フーリエ変換リシンセシスが使われてます。それにより、オーディオバッファを過度に遅く再生したり、早く再生したりすることができます。そこで得られるディストーションは従来のサンプラーとは違う音になるんです。 とても金属的で奇妙な音のディストーションがいろいろと得られるんです。 そうした音はまさに今発生しているものです。音声処理技術を使って現代的な音にして少し異質な印象になったので、ちょうどいいと思いました。IRCAMのデバイスは無料で配布できないので、同じようなサウンド処理を行う別のデバイスを代わりに使いました。」
KidelはIBMのWatsonを使った自作パッチのバージョンをひとつずつ試していくなかで、パッチの音量を彼の声の音量に合わせなければならず、自分の声に近い音程で音素が鳴るともっともいい結果が得られることに気づいた。 それを音楽作品として『Silicon Ear』で提示するにあたって、彼は最初にパッチでMIDIノートを少し遅めに発生させ、キーボードやパーカッションを取り入れてトラックをもっと音楽的なリスニング体験に変化させた。
Kidelは次のように考えをめぐらす。「これが音楽作品になるということと、何かをしているソフトウェアを録音するということ。僕がやったのは、このふたつのバランスを取る行為なんだと思います。 これは音楽作品であって、みんなに聞かれるためにあるわけです。そしてその機能とは何よりも、現在の監視社会について一連の問題提起を行うことなのかなと。みんなの使えるものを提供することではないですね。 使ってもらうこともできますが、僕にとっての最優先事項はそこじゃないんです」
音楽の背後にある大きな問題
Kidelは『Live @ Google Data Center』の模擬ライブパフォーマンスを「室内楽とフリーレイヴシーンをかけあわせてウェアハウスに侵攻したもの」として構築しており、ノリノリのハードテクノトラックを安易に作るのではなく、実際にレイヴそのものが起きているようなサウンドにしている。 代わりに鳴らされるのは、繊細なキーボード、メロディアスなパッド、ハッとする金属音といった素材によって生まれる耳障りのいい音の対比であり、各素材はデジタル環境下での音の選別と個人情報の複雑な関係を反映しようとしている。
Kidelは次のように語る。「この音楽にはある種の緊張があって、データセンターの写真に対する僕の緊張を少し表しています。 実はこの写真にはとても惹かれるものがあるんです。 この写真はデス・スターの内部をかっこよくしたバージョンのように見えたんですよね。 そういう複数の意味合いみたいなものが、こういう新しいテクノロジーと多くの人々の関係にはあると思うんです。 すごく魅力的で惹かれるものと、すごく恐ろしいものが同時にあって、そのふたつの感覚を分けて考えるのは結構難しい。 そのことを音で少し表現してみようとしてみました」
彼は次のように加える。「多くの人たちは、監視と情報傍受が増えていくことについて、絶望と必然性を感じているんじゃないでしょうか。 その必然性の感覚を振り払うのはすごく大変で、本当にどうしようもない。 このレコードの両面(『Live @ Google Data Center』と『Voice Recognition DoS Attack』)が面白い理由の一部は、この状況を使っていろいろと遊んでみることで、そうした変化との関係をがらっと変えられる可能性を示しているところにあります。 レイヴを模倣している『Live @ Google Data Center』の場合でも、僕にとってはそういう空間の存在との関係を少し変えるものだと感じられるんです」
「Voice Recognition DoS Patch」がGoogleのセキュリティを架空に破っていたら感性や知性をさらに刺激していたかもしれないが、それでもこのパッチは具体性を持った実用的なツールだ。 適正な音量で演奏すると会話の認識を妨害するデバイスとして機能するだけのこのパッチの用途は限られているかもしれない。しかし、このパッチは声認識に関する切迫した課題のひとつに向き合っている。 アメリカ国家安全保障局からのリーク情報から収集した証拠をもとに、Kidelはありきたりな会話を大量にチェックするFBI捜査官のふざけたイメージは正しくないとしながらも、声認識が実際に行うことは特定のキーワードを含む音声を監視することだと指摘する。キーワードを含む音声が相当数見つかると、その音声は実際の人間の耳に届けられて詳しく検査されることになる。 「Voice Recognition DoS Patch」は正しく配置されれば、そうしたキーワードの解読を妨げる。
大衆監視を支持する広く知られた根拠には月並みなものもある。「隠すものがないなら、怖がる必要はない」というものだ。Kidelが指摘するのは、声認識のようなツールが社会へすでに存在する権力の不平等を強化するために使われて不穏な結果を生んでいることだ。
Kidelは次のように語る。「白人の僕が『イギリスとアメリカによる中東での軍事活動は帝国主義の一種だ』と言ったとしても大したことではないのかもしれません。 ところが、黒人やイスラム教徒の方にとっては、そういう発言はとても危険になります。 イギリスの対テロ戦略が不相応にイスラム教徒を監視していることをわたしたちは知っています。最近発表された報告では、この監視の結果、オンラインとオフラインを問わず、イスラム教徒があらゆる文脈で彼ら自身に検閲をかけていることがわかりました」
ソーシャルメディアや声認識など一般的に知られた手段をつうじて行われる大量の情報傍受はすでにこうした直接的な影響を与えているが、その向こう側には、さらに不穏な技術開発が差し迫っている。アメリカの民間健康保険会社は、Fitbitによる装置を使って自分の健康をモニターする人へ特典を与える仕組み(英語)をすでに導入している。医療の利用可能性について社会へすでに存在する不平等が悪化する可能性は明らかだ。
前述のカンファレンスEavesdroppingでKidelが出席したプレゼンテーションのなかには、Glenn Dickinsによるものが含まれている。シドニーのDolby Laboratoriesで収束/融合の設計を務めるDickinsの仕事は、音声技術を扱う同社の市場シェアを増やす革新的アイデアを考えることだ。 プレゼンテーションで彼が語ったアイデアは、スマート機器の利用が電話からテレビやトースターなどにも拡張していくなか、Dolbyはすべてのスマート機器にマイクを内蔵することを目指しているというものだった。それだけにとどまらず、そのマイクは常につながっており、世界中から誰でもアクセスできることも考案されていた。
Kidelは次のように語る。「世界中のマイクすべてにみんながアクセスできるようになることをユートピアとして提案していましたが、とてもディストピアに感じましたね。 おそらく彼はそのアイデアがもっと平等主義的で無害なものだと思っていたんでしょう。 そのうち情報傍受行為が日常にまで拡張してきて、あらゆることが計測定量化されるようになりますよ。すごく恐ろしいですね」
そうしたペースで不安な技術開発が進むなか、Kidelの社会的意識をもった創作活動が燃料切れになることは当面なさそうだ。 レフトフィールド・エレクトロニックミュージックの分野で発表する作品が聞かれる範囲は限られていると認識するKidelだが、彼が複雑なアイデアや面倒なアイデアを魅力的に伝える術を心得ていることも確かだ。現在、Kidelは音楽以外の分野に自分の活動を広げるために研究者としてふたたび勉学に勤しんでいる。彼は複数の分野が互いを補完し合うようになっていくと希望を持って語っている。 今のところ、彼の音楽は説得力のある革新的な方法によって、現代の人間という存在の持つ陰湿な一面に取り組む試みとして重要な役割を担っている。
Kidelは次のように締めくくる。「単に問題提起をしているだけですよ。世の中の技術的な仕組みをぐちゃぐちゃにして破壊したいという欲望を広めたいなって」
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