角田隆太:Push 2に見た鍵盤楽器としての可能性
音楽作成に必要なすべてを指先ひとつで操作できるインストゥルメントとして、多くのミュージシャンの間で愛用されているPush 2。その万能性から楽曲制作に限らず、マルチプレイヤーやバンド編成のステージでも存分に楽器としての存在感を発揮しているが、ここ最近の日本の音楽シーンにおいて、Push 2を使ったステージパフォーマンスで最も注目を集めているミュージシャンの1人がソングライティングデュオ・モノンクルのメンバー、角田隆太だ。
モノンクルでは、作詞・作曲のほか、ベースを担当する角田だが、現在、ステージではPush 2を主に鍵盤楽器として使用している。Push 2との出会いは、2020年に起きたある出来事がきっかけ。その後、実際に手にして鍵盤楽器としての可能性に気がついて以来、Push 2は角田のステージパフォーマンスにおいて、欠かせないインストゥルメントになっている。
Push 2について、「新しい音楽の考え方を提示してくれる音楽の“教室”的な存在」と語る角田。本稿ではそんな彼にPush 2との出会いや自身が感じた魅力のほか、ステージでの導入方法や活用のテクニック、そして、トラブル対策など実践的な手法についても語ってもらった。さらに今回は、角田がPush 2を鍵盤楽器として演奏する際のLiveセットも提供してくれているので、ダウンロードして実際にチェックしてみよう。
角田隆太がPush 2を鍵盤楽器として使用する際のLiveセットをダウンロードする*
*利用するには、Live 11 Suiteのライセンス、もしくは無償体験版が必要になります。
【注意】本Liveセットおよび収録サンプルは教育利用のみを目的としており、商業目的での利用は一切認められておりません。
Push 2を購入しようと思ったきっかけについて教えてもらえますか?
角田:Live自体は以前から使っていましたが、Push 2を購入したのは今から2年ほど前のコロナ禍で外に出られなかった時期です。その当時リモート飲みが流行っていた頃で、ドラムの石若駿くんが企画して誘ってくれた飲み会の時に、参加していたWONKの江﨑文武くんやギタリストの西田修大くんなど何人かのメンバーの部屋の中にPush 2が置かれているのを見かけたんです。彼らに「実際Push2使ってみてどうなの?」と聞くと、色々便利だから絶対持ってたほうがいいと勧められ、のせられて買ったのがそもそものきっかけでした。
Push 2のどんなところに魅力を感じていますか?
角田:Push 2を導入した当初は、録音や編集作業の効率化に感動していましたがPush 2を鍵盤楽器として使えるということに気づいてから一気に引き込まれました。
Push 2導入以前は他にも似たような機材の導入を考えたことはありますか?
角田:そういうことは全くなかったですね。だからこそ、Push 2のパッドのシステムを見た時にすごくグッと惹きつけられたんだと思います。逆にPush 2を知った後にNative InstrumentsのMaschineやNovationのLaunchpad、Roger Linn DesignnのLinnstrumentのようなパッド付きのコントローラーと比較してみて、どんな差があるのかをいろいろ勉強したくらいです。
今、挙げてもらった他の機材と比較した場合、どういったところにPush 2ならではの優位性を感じますか?
角田:例えば、エフェクトを使う時もLiveとの連携がすごく良くて操作方法が直感的でわかりやすいところ、ディスプレイやツマミにしても使いやすく設計されているところなど、とにかく操作性が優れているところに他にはないPush 2ならではの優位性を感じますし、サステインペダルが使えるというのも鍵盤楽器として扱う上では大事なポイントではないでしょうか。それと筐体のデザインはもちろんですが、モノとしての存在感があるというか、手に取った時に楽器らしい重さを感じられる堅牢な作りも気に入っています。
ステージでは、鍵盤楽器としてPush 2を使用されていますが、元々購入した時点でそういった使い方を想定されていたのでしょうか?
角田:いえ、鍵盤楽器として使うことを決めたのは購入してからです。実際に使ってみてインスピレーションを得たというか、鍵盤楽器としての良さを感じたことが大きかったです。それで購入後2週間ほどでステージにPush 2を導入することを決めました。
本当ですか? 購入後すぐにステージで実際に楽器として使用されていることに驚きを覚えました。短期間でPush 2を使った演奏の習得に至った秘訣を教えてもらえますか?
角田:何か特別な秘訣があるわけではないのですが、ステージでPush 2を使うイメージが先行してしまって準備する時間が全くなかったので、とにかく短期集中でがむしゃらに使い方を覚えたという感じですね。その時はPush 2を購入した時に楽器店さんのキャンペーンでついてきた教則本の『Ableton Live11攻略BOOK(サウンドデザイナー社/竹内一弘著)』を読んで、Push 2の使い方だけでなく、Liveの基本的な考え方などについても基礎的な部分から勉強しなおしました。それとJNTHN STEINさんや瀬戸弘司さんのPush 2に関するYouTube動画もすごくわかりやすくて参考になりましたね。
ステージでPush 2を使用する時はどんな機能をよく使いますか?
角田:マクロにアサインしたパラメータやエフェクトラックをリアルタイムで動かしながら演奏することが多いです。あとはベタにピッチベンドは重宝してます。
Push 2導入によって、それまで感じていたステージでの機材セットアップの物足りなさを感じていた部分が解消されるということはありましたか?
角田:Push 2を導入したことで、録音時に使っていた音色をそのままステージでも演奏できるようになったことは、パフォーマンスをする上で大きな変化だと思います。それまではステージ上ではハード・シンセを使うことがありましたが、その場合どうしても録音時の音に似せて作った近似値的な音になってしまったり、音色の最後の追い込みに限界があるということがよくありました。勿論ハードの音の説得力も当然あるので今でも使いますが、ライブ会場でのPAさんとのやりとりで「この会場でこの音色だけ少し痛いから5khzあたりを-2.0dbしておいて」みたいな数値での微妙なやりとりと調整が出来ることは強みだと思います。
それと僕は鍵盤を自分のイメージどおりに弾けるほど上手ではないんです。でも、Push 2の音の配列システムであれば、鍵盤楽器の音色で割と自分のイメージに近いものが表現できる。今までイメージの中にしかなかったものが、リアルタイムのパフォーマンスで表現できる可能性があると感じたことは凄く大きかったなと思っています。
これまでにYouTubeなどでPush 2を使って演奏する様子を"練習"と称して、度々公開されています。導入当初はどのようなところにPush 2を鍵盤楽器として扱う難しさがありましたか?
角田:正直なところ、難しさよりもわかりやすさが勝ったことで鍵盤楽器として使ってみたいと思ったんです。ただそれでも実際に使い始めると、Push 2のパッドの配列に慣れるまでには時間がかかりましたね。
今は、ホリゾンタルに4度、バーティカルに半音という感じのパッドの配列で使っていますが、この配列は僕がよく弾くギターやベースとすごく似ています。とはいえ、ギターの場合は、途中でバーティカルが4度ではなく、3度に変わりますが、Push 2の場合はずっと4度のままということもあって、最初はそこにすごく違和感を覚えました。でも、逆に4度でずっと進んでいくからこそ、新しい音の捉え方ができるようになったというか、Push 2を通じて得た音楽的な発見も多いんです。そのことを考えると、僕にとってPush 2は、表現の幅を増やしてくれたり、理論的な音楽の捉え方を広げてくれたり、新しい音楽の考え方を提示してくれる音楽の“教室”的な存在だと言えます。
では、Push 2で演奏する場合、具体的にどのようなところに魅力を感じているのでしょうか?
角田:一番はやはり4度チューニングの弦楽器を扱う人が圧倒的なアドバンテージを持って始められることですね。僕の場合は、一番左下の音をBに設定してロクリアンスケールでパッドが光るように配列しています。そうするとちょうどピアノでいう白鍵の音が白く光ることになるので視覚的にもわかりやすいです。先述のJNTHN STEINさんや瀬戸弘司さんは一番左下の音をCにしてメジャースケールで並べていますが、人それぞれ自分に一番自然な形にレイアウトできるというのも魅力のひとつだと思います。
ちなみにステージでPush 2を鍵盤楽器として使うときのテックライダーは、どのようになっているのでしょうか?
角田:Push 2を接続したMacBook Proのメイン機とサブ機を同じオーディオインターフェースに接続して、そこからオーディオをPAに送っています。
ハードシンセをExternal Instrumentを使って動かす場合もありますが、ライブ当日に十分に時間がないイベントの時などは何かあったときのトラブルシューティングをしやすくするためにも、基本的に接続する機材の数を極力減らしてPCとPush2で完結するようなすごくシンプルなものになっています。
なるほど。では、ステージで使うLiveセットの中身はどのような構成になっているのでしょうか?
角田:以前はセッションビューを使うことが多かったのですが、最近はよくアレンジメントビューを使っています。その時はアレンジメントビューに曲をグループごとにまとめて置いておきます。その中でビート、シンセ、コーラス、Push 2で演奏する音がアサインされたトラック、2つのクリックなど各パートのオーディオをそれぞれ専用のバストラック経由でオーディオインターフェースに送る形になっています。
ステージではPush 2を鍵盤楽器の演奏以外の用途で使用することはあるのでしょうか?
角田:サブ機を走らせずメイン機のみを使用する場合は、ユーザーモードを使って再生停止、曲送りなどのシーケンスをコントロールする操作もPush 2で行っています。サブ機を走らせる場合、僕の調べた限りではPush 2での演奏情報を同時に2台のPCに送る方法はなさそうだったので、Push 2はメイン機に繋ぎシーケンスは別のMIDIコントローラーに任せています。
Push 2を鍵盤楽器として使用する場合は、どのようなエフェクトラックを組んでいるのでしょうか?
角田:ステージでは毎回10種類くらいの音色を使っているのですが、そのひとつひとつにそれぞれエフェクトラックを割り当てています。特にステージでは、効果がわかりやすいものが求められることもあって、1番多く使ってるのはLiveの内蔵デバイスのEchoですね。このデバイスは動作も安定しているし、使い勝手が良いところも気に入っています。他にはHybrid Reverbもよく使いますが、たまに奇抜な効果を演出できるMax for LiveデバイスのPitchLoop89を使うこともあります。
ただ、場合によっては全くエフェクトを使わないこともありますし、逆にすごく沢山のエフェクトを使ったものもあるので、用途に合わせてそれぞれ中身が違うエフェクトラックを使っています。
ちなみにステージで安定してLiveを走らせるためにいつもどのような対策をしているのでしょうか?
角田:ステージで使うLiveセットではかなりのトラック数を使っていることもあり、CPU負荷対策として制作時に使った負荷が高いプラグインの音は使わず、オーディオに書き出したものを使うことが多いですね。
ステージで自分が弾くパートに関しては、KeyscapeやArturiaのソフト音源を使うこともあります。とはいえ、その場合も動作が不安定だったり、CPU負荷があまりに高すぎるものの場合は、それよりも負荷が低く、かつ近い音のLiveの純正デバイスに置き換えるということもやっています。
あとは使っているMacbook Pro自体のスペックをできるだけ上げて、堅牢なシステムを構築するようにしていたり、外気温が高い中での演奏の場合はMacbook ProのCPU温度が高くなりすぎないようにモニタリングしたり、クーラー付きのPCスタンドやアルミの冷却パッドを貼って冷やすといった物理的な対策も行っています。
ステージ上でPush 2を演奏するためのお気に入りのテクニックを教えてもらえますか?
角田:地味なテクニックですが使うシンセの音色によってベロシティにかなりのばらつきがあるため、それを制御するためにLiveの内蔵MIDIエフェクトのVelocityは欠かせません。演奏中テンションが上がってしまった弾みで、パッドを触るタッチが強くなってしまっても、音がいきなり大きくなるのを防ぐリミッター的な役割でも使えるし、自分の表現したい抑揚に近づるために音作りの一部として積極的に使うこともできます。
もちろんベロシティの変更自体はPush 2でも可能ですが、その場合は全体が変更されてしまうため、結局、音色自体のベロシティのばらつきはなくならないんですよ。だから、僕はそれぞれのトラックにVelocityをかけて音の粒を揃えるようにしています。
それと同じ音色だけど、「この曲ではオクターブ下の音域で使いたい」という音がある場合は、MIDIエフェクトのPitchを使って、音程変化させる操作のオートメーションをあらかじめ書いて使っています。
またリアルタイムでPitchをいじるのは意外と時間がない中で結構一目盛の差が繊細なので、仮にずれてしまって-13 stになってしまったりすると大事故が起きるので、全てをリアルタイムでいじろうと思わずオートメーションに任せて良い所は任せています。同じLiveセット内で同じ音色のトラックを曲ごとに立ち上げる必要がなくなるので、CPU負荷を抑える効果もありますね。
これから角田さんのようにPush 2をステージ上で楽器として使いたいという人にアドバイスがあればお願いします。
角田:Push 2に限らずコンピューターを使った演奏は、リハやライブの度に初めて遭遇する新しい不都合が大小出てきます。そういう事態に対応するために自分の心を常にニュートラルな状態にしておくことが大事です。経験上ステージ上で起こるトラブルのほとんどは人為的なミスによるものなので、機材のせいにせず自分の心の隙を省みる。コンピューターや、音楽を侮らないでリスペクトをもって接する。そうすればPush 2やAbleton Liveから沢山のものを教えてもらえるように思います。
文・インタビュー:Jun Fukunaga
写真:木原隆裕