Ryosuke “Dr.R” Sakai:あらゆるDAWを使いこなすプロデューサーがLiveを愛好する理由
ちゃんみな、milet、SKY-HI、BE:FIRST、AK-69、Poppy、Ms.OOJA、OZworld、UVERworldなど名だたるアーティストを手掛ける音楽プロデューサーであり、株式会社MNNF代表も務めるRyosuke “Dr.R” Sakai氏。
国内外を問わず数多くのアーティストとコーライティングを行う同氏は、Pro Tools HDXをシステムの中核としながらも、データ互換性などスムーズな協業を求めて複数のDAWを使いこなした音楽制作を続けている。「Ableton Liveは直感的だし、使っていて楽しいです」と語るRyosuke “Dr.R” Sakai氏に、Ableton Liveだけが持つ魅力や具体的なユースケースを聞く。
弘法筆を選ばず、ツールを問わず名曲を生み出し続ける背景
――Ableton Liveだけでなく、さまざまなDAWを使いこなすRyosuke “Dr.R” Sakai氏ですが、まずは音楽制作の変遷やバックボーンを教えていただけますか。
5歳から12歳頃までクラシックピアノを習っており、中学3年生の頃にギターを父親に買ってもらいました。高校3年間はロックに傾倒し、ギターやドラムなどいくつかの楽器を演奏していました。当時からギターでリフを作ることはありましたが、MTRなどを使用してオリジナルの楽曲制作を始めたのは高校卒業後になります。
さまざまな音楽制作ツールを使いこなしているというよりは“その時代ごとの主流ツールを使っている”という方が表現としては近いと思っていて、YAMAHA QYシリーズのような音源内蔵型シーケンサーを使ったこともありますし、HIP-HOPを聴くようになってからは当時現行機だったAKAI MPC2000を使用して楽曲を制作していました。
――PCを用いた音楽制作はいつ頃から始めたのでしょうか?
大学時代はブラック・ミュージックやHIP-HOPなど幅広いジャンルに触れており、打ち込み音楽と出会ったのもこの当時です。歯科大学のため6年間在学したのですが、在学中にWindows 95が登場しまして、その頃の友人がCubase SXを使っていたことから私もCubaseを導入しました。
以降、CubaseやStudio OneなどをメインDAWとして使用しながら、常にPro ToolsをサブDAWとして使用していました。その後、音楽プロデューサーとして活動する中でスタジオ間のデータのやり取りが増えたためにPro ToolsをメインDAWとして使用するようになり、現在もAVID中心のスタジオ構成になっています。
ちなみに、Ableton Liveも相当昔から使っているんですよ。他にもStudio OneやReason、FL Studioなど、とにかく音楽制作ツールには多く触れてきましたね。
――音楽制作の根幹であるDAWを乗り換えるには強い動機が必要な感覚もありますが、用途によって使い分けたり、異なるツールを使うことでアイデアを得たりなど、ツール選定の理由や思想はあるのでしょうか?
「なにが良いんだろう?」と思いながらいろいろ触っているような感じなので、そこまで強い思想や理念があるわけではないんです。今どきのDAWはどれも本当に出来がよくて、不満のようなものは一切ないんですよ。「特徴や強みがあればそちらを試してみよう」という感覚で試してみて、自分に合うものであれば継続的に使っていきます。
DAWは車と同じだと思っていて、例えば「今日はベンツに乗ろう、今日はポルシェに乗ろう」と気分に合わせて使い分けて良いと思っているんです。あれもこれも、どれも楽しい、という気分で制作ツールに触れています。
「オーディオの扱いに長けたDAW」としてLiveを採用
――こうした経緯の中で、初めてLiveを導入したきっかけや理由などがあれば教えてください。
「オーディオの扱いがすごくやり易いDAWがある!」と聞いて、2014年頃に導入しました。実際に使ってみたところ、前評判通りにオーディオのテンポ追従が非常に良くできていました。サンプルベースで音楽を作るなら一番作りやすいと感じて、当時からリミックス制作に使っていましたね。
他のDAWと異なり、Ableton Liveはインポートした時点でBPMに応じてサンプルがストレッチされるので、素早く制作に取り掛かることができます。設定などで階層を深く潜る必要もないですし、オーディオのエディットもかなりやり易い印象を受けています。
――普段の制作において、ビートなどはサンプルで構築するケースが多いと思いますが、良く使うサンプルネタはありますか?
そうですね。ビートはほぼサンプルですし、パーカッションも声ネタも、場合によってはギターも自分で弾かずにサンプルをエディットする形で使用することもあります。別け隔てなく、良いものがあればなんでも使うという感じですね。
ビートに関しては、複数レイヤーすると得てして濁っていく印象があるので、良いサンプルであればEQ処理や倍音付加などの処理を施して、単体で使用することも多いです。
――細かな設定なく制作にすぐ向き合えるのはAbleton Liveの利点かと思います。Ableton Liveも非常に高いレベルで使いこなしていると思いますが、あくまでメインDAWはPro Toolsということで、両者を併用する理由を教えてください。
優劣という話ではなくて、一番長く使っているのがPro Toolsで、スタジオもPro Toolsを中核にしたシステムで構築しているだけです。私は自分でミックスまで行いますので、レコーディングから歌のエディット、ミックスなどを含めて、使いやすいように全てテンプレート化しているんです。Pro Toolsでもサンプルベースでビートを組むことはありますし、Ableton Liveだけで制作を行うこともありますよ。
友人にはAbleton Liveでレコーディングから完パケまでを作り切るアーティストもいますし、私もやろうと思えばLiveでがっつり作ることも可能だとは思いますが、一番長い付き合いがPro Toolsなので、そちらをメインにした使い分けをしているというかたちになります。
――どちらのDAWでも楽曲制作を行うということで、Pro Toolsで制作する場合と、Ableton Liveで制作する場合のワークフローや曲調の変化はありますか?
いえ、実はワークフローはほぼ変わらないんですよ。私が楽曲制作をする場合はビートから作るパターンと、上モノから作るパターンの2通りがありますが、DAWによってどちらの作り方を採用するかを意識して変えることはないんです。
ビートから作る場合は、リズムのラインを際立たせるようなベースラインとウワモノを乗せていくイメージ。シンセなどの上モノから始める場合は、リフが1つできれば1曲出来たも同然なので、そこから肉付けしていくイメージで制作を進めています。
――ツールが変わってもワークフローが変わらないのは面白いですね。先ほどもお話があったように、その日乗る自動車を選ぶように、あくまでその日の気分で使い分けているということでしょうか。
朝ご飯はパンにしよう、ご飯にしよう、くらいの感じで選んでいる気もします。「久しぶりにLiveで作ってみよう!」と思い立つ日があるんですよね。そもそも、普段から「ジャンル」で音楽を定義して作り始めることがなく、フラットに“ただ作る”というだけなので。
ただ、ワークフローは変わりませんが、用途には違いがあります。Liveは「とにかく軽く作りたい」というシーンが多いですね。出先に持っていくMacbook AirにはPro Toolsはインストールしていませんし、サードパーティのプラグインもそこまで入れていません。全部入れると重いですしね。制作とは関係のない旅などに持っていくのはAbleton Liveです。作りたいときにすぐに作れるのが利点で、そこに至るまでの直感的な速さ、これはコンマ何秒ほどの軽さかもしれませんけど、そこは気に入っています。
――どちらのDAWにも優れた部分はありますが、Ableton LiveはUIの階層も深くなく、気軽に使いやすいような感覚がありますね。
直感的に使えるのがどちらかと言えば、Ableton Live側だとは思います。自分は基本的には面倒くさがり屋なので、オーディオサンプル周りの扱いが面倒ではないAbleton Liveはとても制作がしやすいツールだと感じています。使いやすいだけでなく、本当にマニアックな使い方をするクリエイターも周りに多いので、とにかく奥が深いDAWだなと感じています。
Live 12でのお気に入り機能と「自分に合ったDAWの選び方」
――Ableton Liveでの制作にあたって、特に気に入っている機能を教えてください。先日出演された「In Session with」ではMIDI生成ツールなども使っていましたが、実際の実用度はいかがでしょうか。
MIDI生成ツールは「よほど困ったら面白く使えるツールかも?」というのが率直な感想です。というのも、私自身はギターも鍵盤も自分で弾きますし、曲を作るときにあまり偶発性を求めないタイプなんですね。ただ、仮にメインフレーズが決まっていたとして、2番で少し雰囲気を変えたい場合など、なにかサジェストしてくれるのは良いと思いました。
音楽制作の場合、どこまでを「偶発性」と呼ぶかは難しいですね。例えばオーディオを切り刻んでGlitch風にすることが偶発的かどうかは悩ましいラインです。このMIDI生成ツールも、ひとつのテンプレートとして見ると面白いし、自分の想像を超えたなにかを出力してくれるという意味では、アイデアマンが1人増えるような感覚もあります。
――エフェクト面ではいかがでしょうか?出先での制作においては純正エフェクトを使うことも多いと思いますが、なにか印象があればお聞かせください。
エフェクトは全体的にサクサク動くし、音質も申し分ないので、「Ableton Liveで軽く作る」という場合はサードパーティ製プラグインをあまり使いません。他のクリエイターとコーライティングをする時なども、互換性の関係から内蔵エフェクトを多用した方がラクな場合が多いです。
配信中にも触れたRoarはパラメータが多いので、オートメーションを組んで飛び道具的に使うのが面白いんじゃないかと思いました。思いっきりエフェクティブな方向に振り切ったほうが良いような感覚がありますね。ただ、もちろん音色のブラッシュアップに用いるような細やかな使い方でも非常に有用だと感じています。
――他に、Ableton Liveならではのポイントがあれば、ぜひ教えてください。
それで言うと、インストゥルメントは全部良いです。Live 11.3から追加されたDriftも良いですし、最新バージョンから追加されたMeldもかなり使えます。軽くて出音がかなり良くて、プリセットも豊富です。ザッピングが素早くできるのも好印象です。
自分はプリセットが大好きで、ほとんどプリセットしか使わないと言っても過言ではありません。そのまま使うこともありますし、気に入った音色から調整を行っていくことも多いです。「これって、あの音じゃん!」と分かる人もいるかもしれませんが、それはごく一部ですよ。心から良い音だと思っていれば、それをそのまま使えば良いと思います。
――「プリセットであっても、いい音であればそのまま使う」、そう言っていただけると心強く感じるクリエイターも多いのではないかと思います。
もちろん、シンセでゼロからサウンドメイクをすることも素晴らしいと思います。ここは人それぞれで良いと思いますよ。
――配信中に「自分にとって一番使いやすいDAWを使えばいい」という発言もありましたが、ツールが多様化するなかで、なにが自分に合っているか分からないと悩む人も多いと思います。どのようなDAWを選ぶべきか、ぜひアドバイスをお願いします。
今どきのDAWはほとんど体験版がありますし、とにかく全部使ってみて「これは好き!」「これはちょっとやりにくい!」というのを直感的に選んだら良いと思いますよ。それぞれのDAWごとに突出した機能などもありますので、その機能が「自分にとって必須かどうか」を検討材料にしても良いと思います。
その一方で、どのDAWもベーシックなところは同じで、できることは似ています。見た目が好き、という理由でも良いですし、面白そうな機能があるから使ってみる、でも良いと思います。「周りの友達が使っているか」なども大きなファクターです。
そして、音楽制作は楽しくやるのが一番です。楽しむコツは悩まないこと。自分の気持ちに忠実に、他と比較せず、好きなものをどんどん作ったら良いと思います。その意味では「Ableton Liveは楽しいぞ!」というのは言いたいですね。世界的に流行っていますし、一度ぜひ体験版で使ってみるのも良いと思います。