Modeselektor:クセの強い機材の活かし方
「買うのは簡単。 捨てるのが難しい 」と、Gernot BronsertはModeselektorの機材に対する習性を要約する。 ベルリンのミッテ地区にあるModeselektorのスタジオを見回せば、そのことがよくわかる。 壁3面にそって設置された低い棚には、ビンテージを象徴する名機、奇妙で不思議な変わり種、最先端のエフェクトなど、あらゆる種類のハードウェアが収められていた (あとでわかったことだが、機材コレクションは廊下にも広がっているそうだ)。
こうした機材の数々の助けを借りて、Modeselektorのふたりは、Moderatの一員としても個性際立つ音楽を形成してきた。 機材の一部には、30年近く所有しているものもある。 ただし、ふたりは本物の音だとか名機の音だとかを夢中に探すだけのタイプではない。 むしろ、おもしろいツールで制作することが創作意欲を刺激するルートになっているだけだ。 これについて、Bronsertは「新しい機材があれば、やる気になる。で、あるときに新曲ができてる」と表現する。
新しいアイデアをひらめくのが目的であれば、明瞭な音やビンテージという信頼よりも、クセや異様さ、欠陥のほうが有益になることがある。そして、Modeselektorの場合、奇妙で不安定な機材がかなりの割合を占める。 ただし、スピードも重要だ。「よくいるタイプのアーティストだよ」と自称し、マニュアルばかり読むよりもトラックを作っていたいタイプのBronsertであれば、とくにそうだろう (もうひとりのModeselektorである寡黙なSebastian Szaryは、もう少しオタクなことに意欲的だ)。
「俺はジャムりたいだけ」。Bronsertは、Szaryとふたりでナッツをつまみながら朝のコーヒーを飲みつつ、そう話す。 「うまくいって、いい音であってほしいってだけ。 そうじゃなきゃ、すぐにやる気をなくすね」
そこでしばらく検討されていたのが、サンプルパックを作るというアイデアだった。 「808や909をサンプリングして、自分たちだけのサンプル集を作りたいってずっと思ってた。 たとえば、俺らがDJするとき、Szaryは面倒くさがりで新曲を買わない」と説明するBronsert。それに対し、感情の読めない顔つきをするSzary。 「だから機材を持ってきて、俺のDJに合わせてライブをしてる。 でも、909はSzaryが20歳のときから持っているものなんだよ」と話すBronsert。
「18だよ」と訂正するSzary。
「ご老体なんだよ」と続けるBronsert。 「一緒に連れていきたくない。 もう1台あったとしても、自分の909みたいな音がしないんだ。どの909も音が違うから」
そこで考えたのが、自分たちの機材をサンプリングして、その特色をパッケージし、手軽に使えるようにすることだった。 「それが始まりだったね」とBronsertは話す。
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サンプルパックを作る計画が具体的になったのは、2020年3月のこと。 正確には3月12日、ModeselektorのパーティーがベルリンのクラブOhmで予定されていた日だ。 「パーティーが開催されることはなかった」とSzaryが無表情に言う。 ヨーロッパ中でロックダウンが始まると、ふたりはツアーのスケジュールが消えるのを目の当たりにし、それにともなって彼らのクルーの生計も失われることになった。
「俺らはツアークルーと一緒にツアーするバンドなんだよ」とBronsertは話す。 「全公演がキャンセルになって、ほとんどのクルーが大きな問題を抱えることになった。 だから、みんなを助ける方法を見つけなきゃいけなかった」
FOHサウンドエンジニアであるFelix Zoepfを雇ってスタジオで一緒に働いてもらうことにした彼ら。そうして気づいたのが、彼の力があれば、サンプルパックを実現できるということだった。 「Felixが全体の設計士なんだ。 要するに、それがModeselektorの会員としての役どころってこと」とBronsertは笑う。
ここでZoepfが「やっほっほー! 」と元気よく登場した。彼とふたりの関係は10年以上まえにさかのぼる。それは、ZoepfがModeselektorの音を担当した2009年のフェスティバルGladeだった。 彼の技術は、PA卓での作業だけにとどまらない。ModeselektorのレーベルMonkeytownの所属サウンドエンジニアも務めるZoepfは、2014年にふたりのスタジオ構築にも携わっている。
「Felixはパンクだよ。 すごく支離滅裂なんだけど、一方ですごく集中力があって整然としてる。 たとえば、俺がエレクトロニックミュージシャンとして学べなかったことを、Felixは知ってる。パッチベイの仕組みとか」とBronsertが話すと、Zoepfが笑い転げ始めた。ナッツで口がいっぱいだ。 「Felixは、新しいソフトウェアとか新しいハードウェアのマニアだよ」
こうしたことから、サンプリングする財宝を求めてModeselektorの機材コレクションを厳選する作業を始めるのは、Zoepfが適任だった。 「何度もここで週末を過ごしたよ」とZoepfは話す。 「最初は何千っていうアイデアがあったから、当然だけど、それをどんどん煮詰めていかなきゃいけなかった」
この作業のカギとなったのは、対象の音に適したエフェクトの組み合わせを見つけて特色や個性を加えることだった。 Bronsertは、ビンテージのミキシングコンソールであるStuder(室内にある2台のうち小さいほう)を指さして次のように語る。 「この卓は、マシンの音を送るためだけに購入したんだよ。 赤色になったり、ゲインを上げたりすると、こいつ自体の自然なディストーションがかかる。 どのギターエフェクトや外部のディストーションも、このぬくもりは作れない。誰もが求めるAnthony 'Shake' Shakirの音だよ」
通常、Zoepfが投入したのは1~2台のエフェクトだった。とくに、ElektronのAnalog Heatについては「とにかく常にいい! 何にでもかけられるよ。 AbletonのDrum Bussのハードウェア版みたいなもんだね」とのこと。
もちろんこれは、長年にわたってModeselektorの音に注ぎ込まれてきた数多くのツールのわずか一部にすぎない。 何十年もかけて機材のコレクションを築くということは、その機器と使用方法にまつわる物語があることを意味する。
「どのマシンにもエピソードがあるよ」とSzaryが語り始めた。 「Roland TR-909を買ったのは1993年。ドイツマルクでね。ユーロじゃないから! 価格が高騰していたときで、アナログブームが戻ってきてたんだ」
ただし、ふたりにとって一番古い機材はほかにある。
「Crumarのシンセ。1979年のやつだ」とSzaryは続ける。
それは、Crumar Multiman-Sという巨大なストリングス系シンセで、隣の部屋の壁にひっそりと立てかけられているというので、 みんなで見に行くことに。
「すごく重いよ」と話すZoepf。 みんなでシンセを交互に持ち上げようとしていると、とある長髪テクノプロデューサーが隣のスタジオにうろうろと入っていった。 「でも、演奏するのが楽しいんだ。 全鍵盤を同時に弾ける。フルボイスだからね。 とてもいい音だよ。 90年代のIDM的な音にうってつけのマシンっていうか」
スタジオに戻ったところで、何がふたりを特定の機材に惹きつけるのか尋ねてみた。 「俺はビンテージ機材が好き」とBronsertが説明する。 「たとえば、このSimmonsだな」と言って、机から持ち上げたずんぐりとした黒い直方体が、Simmonsのドラムシンセ、SDS 8だった。 「俺にとって、こいつはすごく80年代なんだけど、いまふたたびかっこいい」。これに対し、「このドラムはすごく強烈だよ」とZoepfが強調する。 その強烈ぶりは、2013年のModeratによる曲“Versions”のアウトロで聞くことができる。
「それか、Rhythm Arrangerかな」と言ってBronsertが指さしたのは、棚の上に置かれた木材仕上げのかわいらしいRoland TR-66だった。 「これは、CR-78以前のやつだね。 だから、808の3つ前か」。3人はRolandが制作した808以前のドラムマシンとその前身であるAce Toneの正確な年代を突きとめようとしながら、やり取りを続ける。
「ひどいドラムマシンだよ」と話すZoepf。 「ループ再生するんだ」。
「オルガンの演奏に付けるリズム用なんだよ」とBronsertが口をはさむ。
では、それがどのようにModeselektorの曲へ取り込まれるのか?
「サンプリングだよ」とBronsertは話す。 「あの小さいコンプレッサー見える?」と言って指さしたのは、棚の上にあったこれまた珍妙な箱型“コンパンダー”、DBX 119だった。 「あれにRhythm Arrangerをぶち込むと、音が……」とBronsertが言うと、
「強烈になる」とSzaryが笑う。
「ノイズが多いし、すごく変なものが入ってる。とにかく……」とBronsertが言うと、
「本当にひどい」とZoepfが言う。
「えー、全然そんなことないよ!」とBronsertが反論した。 「超セクシーだと俺は思う。 で、俺はそれをサンプリングして、その音を使う。 音をつぶして、またサンプラーに入れてリサンプリングするんだ」
「あと、Vermonaのドラムマシンもある。旧東ドイツで作られたやつ」とBronsert。
「持ってくるよ」とSzaryは言い、隣の部屋に消えたあと、宇宙船のような分厚い灰色の機械と一緒に帰ってきて、それを筆者の膝の上に置いた。 Vermonaの初代DRMだ。
「1986年のものだと思う。MIDIの入出力があるし」とSzary。
「東ドイツでMIDIの付いた唯一のマシンだよ!」とBronsert。
そしてSzaryは次のように話す。「俺の知っている話だと、東ドイツの有名なロックバンドが何組かいて、その人らが西ドイツでライブしたときに、冷蔵庫とかを西ドイツに持ち込んでYamahaのDX7と交換したんだって。 これ(Vermonaのドラムマシン)も輸出のために作られたんだと思う。 ほら、全部英語でしょ。 何台が製造されたんだろうね。 100とか200?」
Szaryは、幸運にもeBayでその1台を見つけることができたそうだ。
「でも正直、これの打ち込みって面倒なんだよ」とZoepfは話す。 「録音したサンプルなら、Liveですごく快適に打ち込みができる」
サンプリング作業の大部分を担当したZoepfは、各マシンの特異点に精通することになった。 たとえば、Arp Odysseyは「面倒だった。チューニング面ですごく不安定だから。 いつもここでノブを微調整してチューニングを見なきゃいけなかったよ。 Korg MS-10も微妙にチューニングがずれてたね」
「MS-10は、あったまるのに15分かかる」とBronsertが説明する。 「電源を入れて演奏し始めると、チューニングしても、数分で変わっちゃうんだよ」
TR-606もある。友人が改造した結果、いろんな変化が生じている同機には、 チューニングやディケイを変更する操作子が追加され、その代償として、出力でノイズが発生する。 「LEDが点灯するたびにプチノイズが出るんだよ」とZoepfは話す。 そのため、同機の録音に何度か挑まなければならず、最終的にノイズが奇跡的に止まるスポットをスタジオ内で見つけたそうだ。
イライラさせられるものの、こうした特徴があるからこそ、機材はその機材でいられるのだ。 「(サンプルパックの)収録音は、そうした一貫性のなさが少しあって、それが個性になってる」とZoepfは話す。
「魂だね」とSzaryが割り込む。
Bronsertは、そのことを思いがけない偶然を探すプロデューサーに例えている。
「そういうのを、みんなは求めているんだよ。 あとそれって、Felixがいま言ったことだと思う。このサンプルパックの魂は、そうした誤りなんだ。つまりは、うれしいハプニングってこと」
3人の音探しはビンテージ機材以外にもおよび、Mutable InstrumentsのPlaitsとClouds、そしてRingsを含むモジュラーシンセを小さく組んで作業したほか、Szaryによるフィールドレコーディングを切り取る作業も行っている。 「“Brueckenstrasse Kit”っていうドラムラックがサンプルパックに入っているんだけど、 これは要するに、スタジオに来て、小便して、コーヒーを入れる俺だよ」とSzaryは笑う。 「それを切り取ったんだ。結構ヤバいよ。 Szaryのとある1日だね」。録音したものは、ワンショットサンプルとして使われているだけではない。ウェーブテーブル方式シンセの素材にすることで、さらなる探求領域が広がっている。 「できることがまったく限定されない。 それがサンプリングの魅力なんだよ」とSzaryは話す。
となると気になるのは、どこで作業を止めるか、ということだ。 「正直、疲れたら止めるんだよ」とZoepfは冗談を言う。
Modeselektorのスタジオがサンプルパックという使いやすい形式に収められたいま、ふたりの作業方法に変化があったとしてもおかしいことではない。ライブパフォーマンスについては、とくにそうだろう。 「俺らはいつも曲ごとに作業してたんだよ」とBronsertはModeselektorのライブセットについて話す。 「自分たちの曲をサンプリングして、それをパフォーマンスで使い直してた。 でも、今回のサンプルパックで曲を作るなら、まったく違う話になる」。つまり、ふたりは各曲を分解するのではなく、制作で使ったサンプルを楽器としてそのまま使えるということだ。
ただし、このサンプルパックには、そうした利便性以外の側面もある。 音楽性の極めて独創的な拡張表現としてソフトシンセのRazorを制作したErrorsmithがいるが、そうした制作者であり技術者でもある人に触発されている3人は、このサンプルパックを「メタ音楽」のようなものとして考えている。さらには、Bronsert曰く「Modeselektorのひとつの時代を締めくくる」ものにもなっている。 そんな彼らだが、今回のすばらしい音を公開することに少しもったいなさを感じたそうだ。 「どこかで、これは自分の音だぞってなっちゃう。指輪を守るゴラムみたいにね。 でも2021年に、それはなしでしょ」
ModeselektorによるExtended Soundsの詳細と収録音をチェックする
文/インタビュー:Angus Finlayson
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