レコードについて:トラックをレコードでリリースする
あらゆる音楽フォーマットの中でも今後最も廃れることがないと思われるレコードというメディアをサポートする世界各国の人々と独立系販売店が集うイベント、Record Store Dayが近づいてきました。オンライン・ショッピングの便利さをもってしても、ラックを順にジャケットを1枚ずつ確認したり、音楽の趣味の合う友達に会ったり、スタジオにこもりきりの毎日から解放され一息つくことのできるレコードショップにはかないません。音楽は、レコードにプレスされた瞬間に永遠の存在になる。そんな気はしませんか。未だに多数のプロデューサーが、艶めくあの黒い円盤に作品を残すことを望んでいるのです。
レコードを讃える今年のこのイベントに際して、Abletonは、ジャーナリストであり、レーベルのオーナーでもあり、レコードのことなら何でも知っているOli Warwickに、レコード用のトラックで気を付けるべきサウンド面での考慮点など、レコード・リリースのノウハウについてアドバイスしてもらいました。
レーベル
技術的なことに触れる前に、レコード・レーベルについてどうするべきかが気になっている読者もいることでしょう。あなたの音楽に興味を示すレーベルを見つけるには、デモを送って拒絶されることを繰り返すしかありません。重要なのは、あなたの音楽に合うレーベルをターゲットにすること、同じような考えを持つ人たちにアプローチすることです。自分を売り込むのが苦手なら、独自のレーベルを立ち上げるのもひとつの手です。最近はたくさんのアーティストがそのような手法を採っています。今すぐ発表したい作品があるという場合は、自分で資金を貯めるか、プレスとディストリビューションに関する契約をディストリビューターと結びます。契約を結ぶと、ディストリビューターは売上の一部と引き替えに製造コストを立て替えます。最近ではこのような契約を結ぶことは難しくなってきていますが、ここでもリサーチが重要になります。あなたの音楽を小売店に販売するための適切なパートナーを見つけることが大切です。大変ですが、その気があるなら自主ディストリビューションという手もあります。その代わり、かなりの重労働になること、最寄りの郵便局に相当な回数通うことになるだろうことを覚悟しておく必要があります。
マスタリング・ハウス
次のステップとなるのはマスタリング・ハウスです。トラックをマスタリングする場所はたくさんあり、ハイエンドのプラグインと優れたモニターを導入したセミプロ・スタジオから、マスタリングに特化したスタジオまでさまざまです。確実なのは、気に入ったサウンドがあるレコードがどこでマスタリングされたかを確認することです。レーベル情報を見るか、Discogsでチェックしてみるとよいでしょう。安いことは必ずしも最善のオプションではないことを覚えておきましょう。
物理的考慮
まず最初に、レコードに作品を記録する仕組みを知っておく必要があります。物理的な媒体なので、オーディオを記録するスペースには限りがあります。1面により多くのトラックを記録しようとすると、溝をより浅くしなければならず、カットはより静かになります。厳密なルールがあるわけではありませんが、ほとんどのマスタリングハウスでは、45rpmで片面8~9分、33 1/3rpmで10~12分を推奨しています。このルールは、音量をできるだけ上げたい場合にも当てはまります。DJのミックスで他のレコードよりも目立つ必要のあるクラブトラックではこれが特に重要となります。一般的な室内での試聴を想定した音楽なら、このような心配はあまりありません。多数のトラックを1面に詰め込みたい場合、各トラックの配列にも配慮が必要です。針がレコードの中心に近づくにつれて内周歪みが強くなるため、ダンストラックはできるだけ外周に来るようにします。
プリマスター・ミキシング
トラックの配列も完了したら、次はステレオ・ミックスです。ミキシングはそれ自体大きなテーマですが、ここでは深くは触れません。ただ、マスタリング・プロセスでは、ときにミックスに潜んでいた問題があらわになることがあるので気を付けましょう。ボーカルのように注意の必要な要素については、「ボーカルアップ」と「ボーカルダウン」のバージョンをエンジニアに提供し、最適な結果が得られる方を使用してもらうといいでしょう。
ミックスダウンで気を付けたいポイントのひとつに、トラックのピーク・レベルを適切に設定することがあります。レベルのピークが-3~-6dBの間になるように設定し、ヘッドルームに余裕を持たせることをおすすめします。こうしておくことで、エンジニアが仕事をしやすくなり、良い結果を出すことができます。マスタリングで特定の帯域のブーストが必要な場合、ヘッドルームがないと、歪みを生じさせないかぎりレベルを上げることができません。もちろん、強烈なインダストリアル・テクノを制作しているのであれば、ノイズこそ望みどおりの結果かもしれませんが、プロとして仕事をしているエンジニアであれば、依頼されたのでない限り、このような状況はなんとしても避けようとするでしょう。
「ダイナミック・レンジは音楽をエキサイティングなものにします」イギリス・ブリストルのOptimum Masteringのヘッド・エンジニアShawn Josephはこう説明しています。「あなたの音楽が静かなものであろうがラウドなものであろうが、ダイナミック・レンジは可能な限り保つべきです。十分なヘッドルームを保てば、ミックスのピークのトランジェントはクリーンに、ミックスはパワフルになります。ピークがすでにクリップしていたりすれば、私たちにできることはほとんどありません」
放っておくべきダイヤルとは
ヘッドルームと同じくらい重要なのが、ミックスにコンプレッション、リミッティング、EQをかけないことです。トラックを確認している時(特にクラブで)など、ミックス・バスにプロセッシングを加えて音を厚くしたいという思いに駆られることはあるでしょう。しかしマスタリングでは、トラックの魅力を最大限に発揮させるのがエンジニアの仕事です。あなたの作品に合うスタジオに行けば、あなたの作品に最適な(そして最も高価な)ツールを用意してくれます。
「ミックスはひとつとして同じものはないので、すべてに合う単一のソリューションというものは存在しません。プラグインではなく、エンジニアを採用するべきなのはこの理由からです」Shawnはこう説明します。「あなたのミックスがそのジャンルに合ったバランスがとれているかどうか、またそのジャンルのオーディエンスに伝わるかどうか、それを判断してあなたに伝えることができるのがエンジニアです。再生フォーマットも考慮してくれます」
バウンス
最低限のルールとして、トラックをバウンスする際は24bit/44.1kHzのWAVまたはAIFFファイルがベストです。ロスレス・オーディオなので、処理による音情報の消失がありません。バウンス後は、ファイルが完全な状態であることをファイルを提出する前に必ず確認しましょう。最後が切れていることが驚くほどよくあります。また、おかしなオートメーションを見逃していたり、試行錯誤していたボーカル・テイクがファイナル・ミックスに紛れ込んでいたりすることがあります。また、デジタル転送では、思いがけないところにスパイクが生じることもまれではありません。優良なマスタリング・ハウスなら、問題があったことをあなたに連絡し、ファイル再提出の機会を与えてくれるでしょうが、すべてのマスタリング・ハウスが親切であるとは限りません。また、トラックのあるべき姿を知っているのはあなた以外にいないのです。
自分の耳を信じる
マスタリング・セッションに立ち会うことができない場合、戻ってきたマスター・ファイルをよく確認してもらい、できるだけ詳細にチェックしましょう。実際に聴き、友人などにも聴いてもらって意見を聞き、レコードに永久保存したいものであることをしっかり確認します。
「コストは余計にかかりますが、ラッカーのカッティング前にチェックする最も確実な方法は、アセテート盤を作成することです」Optimumのヘッド・レコード・エンジニアのJack Adamsはこう説明します。「製品版と同じ内容なので、さまざまな状況で再生して関係者皆を満足させるカッティングかどうか確認でき、また最終プレスの比較参照にもなります」
テスト・プレスを行うことにはいくつかの利点がありますが、マスタリングと実際のカッティングの間に考慮すべき点が他にもいくつかあります。ここは、満足できるものになっているかどうかを確認する最後のチャンスです。特に、カットではステレオ・ベースが問題となる場合があり、エリプティカルEQでロール・オフする必要があることがあります。同じく、高域と低域が溝に問題をもたらすことがあり、カッティング前に調整が必要となることがあります。
「強いステレオ・ミックスではカッターヘッドの上下の動きが増えるので、溝が深くなったり浅くなったりします」Jackはこう付け加えます。「これによりカッティング範囲がディスク全体に広がり場所を取るので、結果として時間とラウドネスが犠牲になります」
製品の完成
製品が完成したときほどすばらしい心地はありません。ゆったりとくつろぎ、あなたの作品のニュアンスのひとつひとつを拾い上げ部屋へともたらす、針と溝が奏でる相互作用を楽しみましょう。この時をじっくりと味わいましょう。あなたの音楽がこれほどリアルに感じられる瞬間はないのですから。