Leonard Charles: 逆転の技法で作る『Donuts』
2006年に32歳という衝撃の若さで他界したJ DillaことJames Dewitt Yanceyは、それ以降もあらゆるジャンルのビートメーカーやプロデューサー、ミュージシャンたちに影響を与え続けています。それどころか、Dillaの評価は近年高まるばかり。その理由の一つに、Dillaの遺産を都市部の学校における音楽プログラムの開発という形で伝え、世界各地でDillaを軸とした音楽イベントの開催などをしているJ Dilla基金の功績がありますが、そんなイベントの一つが、Leonard Charles(ニュージーランド、オークランドのプロデューサーJeremy Toy)に『Basement Donuts』を作り上げるきっかけを与えました。Dillaの独創的なアルバム、『Donuts』を見事に再考したアルバムです。オリジナルの『Donuts』はサンプル使いとビート・プログラミングの傑作として知られていますが、Leonard Charlesの”ベースメント編”は全編生楽器とアナログ・ハードウェアとヴォーカルで演奏されています。その成果は興味深いコンパニオン作品となり、原盤に新たな光を当てながらも、彼自身の音楽性も存分に発揮されています。『Basement Donuts』は、ロサンゼルスのレーベル Hit + Runから発表されており、Leonard Charlesと同じくらいDillaの功績に対して熱心である彼らは理想的な販売元だと言えるでしょう。
無償ダウンロード可能なInstrument Racks
このインタビューでJeremy Toyは、Dillaの精神をどのように解釈し、どのようなレコーディング・プロセスで『Basement Donuts』を制作し、どんな楽器を使用したのか説明しています。Jeremyはその一部を無償ダウンロード可能なAbleton Live Rackとして提供してくれました。
J DIllaの『Donuts』を生楽器を使って再解釈しようというアイディアはどのように生まれたのですか?この作品は既によく聴いていたと思いますが、ディテールをまとめるまでにどれくらい聴き込む必要がありましたか?
オークランドで行われた、収益を全てDilla基金に寄付するという趣旨のDillaの追悼イベントへの出演を依頼されたことです。そこで、『Donuts』を丸ごと再解釈してパフォーマンスを披露したらいいのではないかと考えました。ちょうどそれがアルバム発売10周年の年だったということと、このアルバムほど僕の音楽に影響をもたらしたレコードはそれ以降他になかったからです。
『Donuts』をライブで演奏するための作業を進めているうちに、これを全て録音して作品として残すのもいいのではないかと思ったんです。オリジナルで使用されたサンプルを再度つなぎ合わせて再構築するようなことはしたくなかったので、僕なりにJ Dillaへの敬意を表すには、レコードを深く聴き込んで再解釈し、僕自身の気持ちやヴァイブを反映したものを作り上げることだと考えました。
僕にとって、古い楽器と新しい楽器を組み合わせることはとてもいいコンセプトです。音源がアナログなのかデジタルなのか特定できない音に僕は惹かれますね。
僕はオリジナルと同じフォーマット、尺、BPMを守ることにし、曲順も『Donuts』と同じにしました。曲の尺とアレンジメントをきちんと合わせるために、曲ごとにLiveで新たなセッションを開き、各曲のピートをマッピングしました。『Donuts』を聴いたことがある人には分かると思いますが、中にはエフェクトとして途中から加速したりゆっくりになったりする曲があるのですが、アレンジにおけるテンポは他の要素と同等に重要なので、そこがきちんと整合するように気を配りました。でも、その縛りを破った曲が2曲ほどだけあります... ルールは破るためにあるのでそのくらいはいいですよね!?!
完全にサンプル・ベースの楽曲を、どのように楽器演奏に置き換えたのですか?トラック上の各要素を、どのようにして最適な楽器に”アサイン”していったのでしょうか?全体的なサウンドに関しては、目指した方向性はありましたか?
僕はあらかじめ幾つかの制約を自分に課しました。その制約とは、プロジェクト開始時に自分の身の回りにある楽器だけを使うということ。具体的にはRoland Rhythm 330ドラムマシン、,Akai MPC60、ドラムキット、Roland MP-600エレクトリック・ピアノ、Push 2、 Roland RE-301 Chorus Echo、Roland Juno 60、Moog Slim Phatty、Fender PとJazz Bass とUAD Apolloです。これらの楽器から離れた部分も少しだけありますが、アルバムの大半はこれらの楽器の音で構成されています。
この制約が、アルバム全体のサウンドの方向性を定める助けとなりました。僕にとって、古い楽器と新しい楽器を組み合わせることはとてもいいコンセプトです。音源がアナログなのかデジタルなのか特定できない音に僕は惹かれますね。LiveとMax for Liveのシンセのフィルター・オプションなどは、デジタル/アナログの境界を極めて曖昧なものにしていると思います。
楽器の割り振りが決まったら、一曲づつオリジナルの曲を聴いて、それに合わせて楽器の一つを使って一緒にジャムってみます。自分で気に入った楽器のパートが出来上がったら、今度はオリジナル曲をミュートし、自分のバージョンを構築します。このテクニックを使ったのは、それがサンプルを使ってビートを組む工程ととても似ているからです。全体的なサウンドで目指したのは、Jeff Phelpsのようなベースメント・ファンク。Jay Deeの芸術を祝福するような、ファンキーで高揚感のあるサウンドに仕上げたかったんです。
あなたはヴォーカル以外は全てご自身で演奏しています。ヴォーカリストはどのような人たちで、どういう経緯で参加することになったのですか?
そうですね、ヴォーカル以外は全て自分で演奏しました。いくつか自分で歌った曲もあるのですが、友人たちの力も借りました。僕の妻のAnjiも僕と一緒に何曲かで歌っているのですが、彼女は僕のバンドShe's So Radのメンバーでもあります。
Georgia Anne Muldrowにも一曲参加してもらいました。実は、この歌はこのプロジェクトを開始する前に作り始めたものなんです。彼女にこのトラックで歌ってもらうことにしたのは、J Dillaディスカッション・パネルで「Airworks」がかかったときの彼女の反応を見たからでした。
あなたが提供してくれたデバイスは、この作品に使用した三つの楽器のサンプルです。これらはどのようにサンプリングして、Rackデバイスに変換したのでしょうか?
Roland MP-600は1978年製の電子ピアノです。僕はアフロビート音楽が大好きなんですが、このピアノにはそのサウンドがあります。僕が理解するところでは、これはシングル・オシレーターの矩形波シンセを分割してあります(divide down)。このキーボードのいいところは、三つの独立したフィルターがあるところ。二つの異なる周波数のローパス・フィルターと、ハイパス・フィルターが一つ。つまり、三つのサウンドをブレンドして面白いレンジの音が作り出せるんです。ディケイ・スライダーもついているので、パフォーマンスの際にとても効果的です。
僕が特に好きなのが、極めてミニマルなオプションしかないのに、この制約の中でほぼ無限のサウンドを作り出せるところです。トラックに使うと映える、粗い質感のかっこいい高音が出ます。この楽器のベロシティ・レンジも使い勝手がとても良く、表現が広がりますよ。
この楽器のサンプリングには、全てのフィルターをオープンにして全くフィルターのかかっていない状態を録音しました。そして3音ずつ(短3度で)Liveに録音していきました。サンプルを保存してから、それをSamplerにマッピングしました。Sampler上でエミュレート出来ることが分かったので、異なるベロシティをサンプルする必要はありませんでした。それからMPのフィルター・セクションを、自分の耳で聴きながらLiveのプラグインSpectrumでヴィジュアル分析しました。Sampler上にサンプルの波形のコピーを三つ作成し、それぞれに異なるフィルターを適用しました。各フィルターがオリジナルのキーボードのものになるべく忠実になるよう気をつけました。そして最後に、MPと同じディケイ設定を加え、オリジナルのMPと同じ周波数レンジで調整出来るようにEQセクションも作りました。
Moogのリード音は僕のSlim Phattyから録ったものです。僕はBob Moogの楽器の大ファンですが、Slim Phattyのサウンド・エンジンも彼の設計です。彼とは2003年のRBMAに参加した際に直接会うことが出来ましたが、純粋に素晴らしい人物でしたね。このサウンドはBrian Jackson (Gil Scott-Heron)のMoogリードに影響されて作りました。サンプリングにはSampleRobotというプログラムを使用したんですが、とても便利ですよ!それからLiveのSamplerからフィルター・セクションを追加しました。
Roland Rhythm 330は僕の持っているドラムマシン/リズムボックスの中でもお気に入りの一つです。この音を聴くとShuggie OtisやRaphael Saadiqの音楽を思い起こしますね。僕の持っているこのRhythm 330は、僕の好みに合わせてチューニングとピッチを調整してあります。このユニットは自分で開けて、全ての音のキャラクターを調整することが出来るので面白いんですよ。僕はこれをUniversal Audio LA-610を使ってサンプリングし、それをチョップしてDrum Rackのパッドにアサインしました。この作業には全てPush 2を使用したんですが、サンプルのカッティングやエディットをこれでやるのはとても楽しいです。
僕はこれにMax for Liveのコンボリューション・リバーブも加えておきました。このコンボリューションは僕のRoland RE-301 Chorus Echoとそれに内臓されているスプリング・リバーブのものです。
このプロジェクトをやったことで、Dillaの作品に対する見方や評価は変わりましたか?
もちろんです。『Donuts』を繰り返し聴き込むことは、音楽に込められているメッセージが余りに重いため、辛く感じるトラックもいくつかありました。このプロジェクトを手がけたことで、自分のアートにとって大事なことは何かを再認識することが出来ましたね。アートが他の何よりも重要であるということが、『Donuts』には表れていると思います。Dillaが作りたかったという理由だけで作られた、そんな風に聴こえるアルバムです。
Leonard Charlesの『Basement Donuts』はBandcampで入手可能です。
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