Laur: ジャンル複合型の作曲家が贈る“今すぐ使える”Liveお役立ちティップス集
オーケストラ・民族楽器などを中心とした生楽器と、幅広いクラブミュージックを1つの楽曲として融合させるスタイルを軸にプロデュースを行う作曲家 Laur氏。日本発のハードコアテクノレーベルHARDCORE TANO*Cに所属し、数多くの音楽ゲームへの楽曲提供を行うほか、自身でも『Memoria(2022))』や『Afflict/Collapse(2021)』などのアルバムをリリースする新進気鋭のクリエイターだ。
Liveのヘヴィユーザーにして、自身もサウンドメイキングのノウハウやLiveの使い方などの情報発信を盛んに行うLaur氏が、2023年1月17日にAbleton公式のライブ配信“In Session with”シリーズに登場。近年リリースした『Venomous Virus』や『∞bit Sequencer』を題材にサウンドデザインのティップスを解説するYouTube配信として、現在もアーカイブが公開されている。今回は、配信では語り尽くせなかったLaur氏の制作スタイルや“Liveならでは”の制作ティップスについて、インタビュー形式で深掘りする。
クラブミュージック制作のためにLiveを導入
ジャンルに囚われない多彩な楽曲スタイルが特徴的なLaur氏ですが、音楽のバックボーンを教えてください。
Laur:2歳からピアノを弾いていたので、最初は自分の好きな楽曲を耳コピして遊んでいた時期が長かったですね。作曲を始めたのは高校2年生の頃で、きっかけはゲームセンターで出会った音楽ゲームでした。「ゲームセンターで自分の楽曲が遊べたら楽しいはず」と思って、YouTubeで動画を見ながらDAWでの楽曲制作を覚えました。
その後、音楽大学に通い始めてからDAWの使い方や楽曲制作技法を専門的に教わるようになりましたが、学習のベースはあくまでYouTubeの動画だったと思います。“Orchestra tutorial”などのキーワードで検索し、さまざまなジャンルのチュートリアル動画を学ぶことによって、少しずつジャンルの幅を広げていきました。今の自分はハードコアの印象が強いと思いますが、もともとはジャンルを問わず音楽そのものが好きなんです。
Ableton Liveを導入した経緯を教えてください。
Laur:大学時代は他のDAWを使っていましたが、当時好きだったアーティストの多くがLiveを使っていたため、卒業前後に導入しました。海外シーンでは自身の作曲風景やチュートリアルを配信する事が多く、特にLiveを使ったHow To動画は非常に数が多かったんですね。中でもVirtual RiotやAu5のチュートリアルを良く見ていて、そこで紹介される便利な機能やオーディオ加工のやりやすさなどに惹かれて、クラブミュージック制作のために導入しました。
Liveが「クラブミュージックに向いている」と考えた理由はどこですか?
Laur:オーディオの加工がダントツにやりやすいという理由が大きいですが、加えて言えば「良い音を出すためのショートカットができるDAW」であることも重要です。海外の素晴らしいクリエイターが楽曲のプロジェクトファイルやラックを配布していたり、アーティスト本人がLiveによるHow To動画をYouTubeにアップロードしていたりと、コミュニティが成熟している印象を受けます。良い音楽、良いサウンドのプロジェクトファイルを実際に見て勉強できる機会が多いため、自分が良いと思うサウンドに一直線で向かえる感覚がありますね。
「どの楽曲でも絶対に使っている」コンピングやワープ機能に関するテクニック
先日配信された『Ableton Presents: In Session with Laur』でも数々のテクニックをお見せいただきましたが、Laur氏が楽曲制作の中で“最もよく使う機能”を教えてください。
Laur:使用頻度が最も高いのはオーディオのワープ機能になります。「このループを使いたいけど、BPMが大きく異なるので難しい」といった場合も、ほぼ音質の劣化なくBPMを合わせてくれます。これは全楽曲で100%使用している機能ですね。他のDAWでもBPMやピッチの変更はできますが、Liveの場合はこれが非常に直感的で処理が速いのが特徴です。
ワープ機能にはBeatsやTonesなどのストレッチ・モードが用意されていますが、どのように使い分けていますか?
Laur:リズム系サンプルでは[Re-Pitch]、ボーカルやボイス系サンプルでは[Complex]をよく使います。Re-PitchはBPMを変更するとピッチも変わる仕様ですが、音質の劣化がないため、元のサンプルのBPMからプラスマイナス20程度までであれば問題ないと判断して使っています。
Complexは、オリジナルのサンプルの質感とピッチを保ったままBPMを合わせる場合に使います。こちらもBPMプラスマイナス10程度の変更でしたら問題ないです。ボイス系サンプルはサチュレーションやEQなどで加工して使うので、この時点での音質の変化はほとんど気にしていません。
ワープ機能はメジャーな機能ではありますが、たしかにここまで直感的でスピーディなDAWは他に類を見ません。この他に、Liveにおいて、どの楽曲でも絶対に使う機能などはありますか。
Laur:絶対に、という意味ではラックのテンプレート化ですね。特定のサンプルや音源、加工したエフェクターのチェーンなどをそのままグループ化して保存しておくことで、自分だけのユーザーライブラリを作ることができます。1トラックの保存ではなく、グルーピングして一括で保存/読み込みができるのがポイントです。「あの楽器編成をそのまま使いたい」といったケースにも対応できます。
以前の配信ではLive 11から新たに追加されたコンピング機能を多用しているとお聞きしましたが、楽曲の中でどのように活かしていますか?
Laur:Live 11以降、コンピングで作ったグルーヴは常に入っていると言っても良いですね。最初に説明を見たときに「これはクラブミュージックで使えるな」とピンと来て、最近ではベースドロップの制作に使う事が多いです。あとは、ドラムの組み換えやフィルインなどにも使っています。
Laur:ボーカルのカットアップを作るときも、例えば同じサンプルのオクターブの上げ下げやハモリのサンプルを無造作に配置し、コンピングをすることで複雑なグルーヴを作り出すことができます。
一般的に、コンピングはレコーディングされたオーディオファイルのテイク選択に使う機能だと思いますが、独特なグルーヴを作り出すために使っていると。
Laur:一般的な使い方ではないかもしれませんが、例えばギター音源の打ち込みが上手くいかない時にもコンピングを使うことがあります。
よくやる例だと、アコースティックギターのストロークを自動的に行う音源を使って、複数のループを組みます。それらをオーディオ化→コンピングすると、より自然なストロークを組む事が出来るんですよね。
また、これはソロヴァイオリンなどの音源についても使える方法です。
音源側の自動アーティキュレーションに任せると、同じ打ち込みでも鳴らすたびにランダムなサンプルが再生される事がありますよね。そういった時に同じmidiを元に複数回バウンスして、一番良いところをコンピングしてテイク選定を行っています。
ラウンドロビンや自動アーティキュレーションなど、音源側のヒューマナイズに頼らず、自分自身で理想の演奏を作っていくんですね。ある意味では、本当のレコーディング現場で行う作業に近いと思います。弦楽器だと、レガート表現などの速度も気になりそうですね。
Laur:そうそう、気になりますね。パッド的な要素やアンサンブルであれば多少のズレは問題無いのですが、主旋律となると気になってしまいます。僕はクラブミュージックも好きですが、オーケストラも好きなので!そういったタイミング調整なんかも、オーケストラ打ち込みの醍醐味です(笑)。
標準オーディオエフェクトだけで完結するユニークなサウンドデザイン
標準エフェクトで、特によく使うものを教えてください。
Laur:ベースミュージック、とりわけダブステップやハードコア、歪みの強いキックなどはLiveの標準エフェクターをかなり使っています。
カラーベース(Color Bass)というジャンルにおいては、LiveのVocoderを使っても最先端のサウンドに近づけますし、細部まで調整可能です。配信ではVocoderを用いた音作りを紹介しました。
Laur:ベースに関しては統一感を出したいので、自分の中で出来上がったテンプレートを使って、同じ加工でいろいろな音を鳴らしています。グループ単位で保存しておいたエフェクト・ラックに対して、サンプルやサードパーティ製のシンセで制作した音を置いていくって流れです。楽曲にもよりますが、細かい調整はワープ機能を使ってオーディオ側で行う事もあります。
他によく使うのは7種類のギターアンプをエミュレートした、オーディオエフェクトのAmpと、サウンドに歪みを加えるSaturatorです。Ampは個性的な音が鳴るので、ハードコアにおいてはこれがないと作れなかったキックはかなり多いと思いますね。しっかり歪ませるというよりは、Wet30%ほどで、オリジナルのソースのMidとHighに味を付ける感覚で使っています。
パラレルプロセッシング的にギターアンプを使うのは面白い試みですね。AmpはSoftubeとの共同開発ということもあって、ユニークかつクオリティの高い歪みエフェクターだと思います。逆に、キックの音作りにおいてAmpを使わないシーンはありますか?
Laur:最近のハードコア系統はキックが意外とクリアな部分もあるので、そこを狙う時はAmpを通しません。でも、ジャリッとした質感が欲しかったり、同じ楽曲の中でキックのバリエーションが必要だったりする際にAmpを使う事が多いです。
「メインのキックはクリアだけど、8小節だけ強烈に歪んだキックを鳴らす」みたいな楽曲を作りたい時に使えます。
余談ですが、先ほど挙げたAu5がベースの音作りでAmpを使用しているのを見かけて、「彼が使うなら間違いないだろう」ということでガンガン使い始めました(笑)
今では幅広い用途で使うようになりましたね。
続いて紹介のあったSaturatorはどういったサウンドにインサートしていますか?
Laur:キックやベースなど、最終的なクリッピングの前に通すような使い方が多いです。歪み効果によって積極的に音作りをすることもできますが、倍音の増強にも使えます。これはすごく感覚的なのですが、「もうちょっとなにかできることはない?」というふわっとした物足りなさを感じたとき、少しだけ持ち上げてくれるような感覚のエフェクターです。
この他によく使うエフェクターがあれば教えてください。
Laur:Autopan、Glue Compressor、Utility、Corpus辺りでしょうか。Autopanについては、動画でも説明しましたね。
Laur:Glue Compressorは海外アーティストにも大人気のコンプレッサーで、自分は基本的にソフトクリップで使用しています。あえてコンプ側で歪みが欲しい場合にも使用しています。
Glue CompressorはSSL系バスコンプですが、これがプリインストールとして使えるのは大きいですね。Utilityはどのように使っていますか?
Laur:UtilityはGainノブが-∞から+35.0dbまで対応している所が気に入ってます。「オートメーションでゲインをマックスまで下げているのに、若干リバーブの残響が残ってしまう…」といったことが起きず、直角で音がばっさり消えてくれるのが良いですね。
このUtilityさえインサートしておけば、基本トラックのボリューム側のオートメションを書く必要がなくなります。
また、[Bass Mono]といって特定の周波数帯域以下をモノラル化する機能もあります。サードパーティ製のプラグインよりも手軽に設定出来るので、BassのSideをカットしたい時は大体これでやっていますね。
ゲイン調整や位相反転もあるので、これだけインサートしておけばOKという性質の機能ですね。Corpusはモジュレーション的に使うのでしょうか?
Laur:これは金属的な倍音を加えるエフェクトですが、ベースの音作りで非常に使えるんです。倍音付与がものすごく自然で、「最初からシンセサイザー側で鳴っていたのでは?」と思うくらいキレイな加工をしてくれます。使い方は使用する音源によってまちまちですが、基本的には表示されるグラフィックを見ながら大まかに設定することが多いです。
楽曲のジャッジを正確に行うことの重要性――制作において大切にしていること
最後にMix作業について、なにかティップスがあればお聞かせください。
Laur:EQやコンプの処理は一般的なやり方だとは思います。Live標準のエフェクトだと、先ほどのGlue CompressorやEQ Eightなどは普段からよく使います。EQ Eightは音痩せも比較的少ないので、手軽な点も踏まえ処理的な意味では重宝します。
ミックスにおいて自分の特徴と言えば「最初からLimiterをインサートした状態でミックス作業をしている」というところでしょうか。2mixからマスタリングまでの工程で音が変わってしまうのが個人的に嫌なんですよね。
可能な限りマスタリングプロジェクト側の音に近い環境で作業したいので、最初からLimiterありきでミックス作業をしています。
今回はプレゼントとして、私が作成したオーディオエフェクト・ラックを用意しました。こちらはBassの加工に使える内容になっているので、ぜひ使っていただけると嬉しいです。
Laurのオーディオエフェクト・ラックをダウンロードする
*利用するには、Live 11 Suiteのライセンス、もしくは無償体験版が必要になります。
自分の聴いている環境と同じサウンドというと、ヘッドホンやスピーカーなどの周辺機器などの選定も重要になりそうです。普段の作業環境や、お気に入りのギアがあれば教えてください。
Laur:最終的なミックスはiPhone純正イヤホンでも確認するようにしています。リスナー側は、私たち制作側と同じ環境で音楽を聴いているわけではありません。今だと、スマートフォンのスピーカーで直接聴いている人もいると思います。例えば「自分のモニター環境で聴くと問題ないが、iPhoneで聴くとピアノが大きい」といった場合はミックスに立ち戻って、その間を取るようなバランスを探っています。
最後に、ミックス以外で気に入っているものだと、最近Ableton NoteというiOSアプリがリリースされましたね。スマートフォンで触れるDAWとしては機能が非常に充実していて、付属のサンプルも質が良いんです。スケッチに使ったり、サンプラーとして遊んだりできるので、Ableton製品に触れたことのない方はここから始めてみるのも良いと思います。
文・インタビュー:神山 大輝