草間敬:ライブマニピュレーターの役割
この10年で日本のバンドのライブサウンドは大きく変化してきている。DAWの普及によってロック/ポップスのバンドでも手軽にシンセサイザー、サンプラーによるサウンドを扱うようになり、ヒップホップやダンス系サウンドの影響も受けつつ、自らの作品に採り入れるようになった。ライブステージにおいてもバンドサウンドにシーケンスを組み合わせたり、演奏者とは別に音色を加えたりすることで、さらなる個性を追求したライブサウンドを具現化する。そのために欠かせないのが、バンドのステージを支えるライブマニピュレーターだ。
スタジアムやアリーナといった大規模なステージでは常設の音響機材やステージセットを使うことはほぼ皆無だ。舞台製作、音響エンジニアによって全てがバンドと共に作り上げられる。そうすることで、よりグループの方向性に合わせたエンターテイメント性やサウンドを追求しやすくしている。そんな環境でエンジニアとは別の視点から音響的効果を演出するためにも、マニピュレーターは欠かせない存在になる。そして、先述したライブサウンドの変化とともにマニピュレーターは、さらに幅広くライブ現場で必要な存在になってきている。
ここで紹介する草間敬は25年以上に渡って作曲者、編曲者、プログラマー、エンジニアとしてのキャリアを重ね、THE MAD CAPSULE MARKETSやくるり、GLAY、[Alexandros]、MAN WITH A MISSION、などの音源制作に関わりながらも、ライブマニピュレーターとしてAA=やRED ORCA、SEKAI NO OWARIなどを担当している。自身もアーティストとして電子音楽とバンド演奏の垣根を取り払うようなサウンドを探求していた草間にとって、ライブマニピュレーターとしての活動はごく自然なものだったのかもしれない。ここではライブマニピュレーターの役割や実際にどんなことをしているのか、必要とされる技術はどういうものなのかを詳しく聞いた。知られざるライブマニピュレーターの世界をこの記事をきっかけに知っていただければ幸いだ。
長年、音楽を制作する側として活動してきた草間さんが、ライブマニピュレーターとして活動するようになったきっかけは何でしたか?
2010年くらいに故・森岡賢さん(ex. SOFT BALLET、minus(-))のソロライブの現場などを担当するようになったのが始まりですね。時代的にCDのセールスも減ってきて、レコーディングに回る予算も少なくなったことに加えて、インターネットのテクノロジーが進化したことで、オンラインでもレコーディングが進められるようになり、単純に時間が取れるようになったのが大きな理由です。そのなかで面白いなと思ったのがマニピュレーターでした。僕がマニピュレーターをはじめた頃は、レコーディング・エンジニアから転向する人もわりと多かったですね。
ちなみにマニピュレーターという業種の定義はあるのでしょうか?
海外だとマニピュレーターは、“Pro Tools”とか“Ableton”とクレジットされていますね。大きく言えば“コンピュータを扱う人”という感じになるので、音源制作に関わる場合もあれば、ライブサウンドのみのこともありますし、バンドによって必要とされる方法も異なります。たとえば僕が関わっているバンドだと、AA=、RED ORCAではメンバーと一緒にステージ上に並んで演奏なども担当しますが、SEKAI NO OWARIではステージ袖で同期させるサウンドをコントロールしています。形態はバンドによってさまざまです。
現場では実際にどんなことをされているのですか?
バンドが作品の音をライブで再現したいときに、生身で演奏する以外の音を出してあげるのがライブマニピュレートの基本作業です。あとはライブならではの演出……、たとえばある音をこのシチュエーションならもっとリピートさせてみるとか、そういった部分は僕のほうから提案することもあります。4人組のバンドでも4人だけで演奏するのはありふれているから、独自性を出すためにメンバーが実際に演奏する以外の音も出したいと思うバンドは実際に増えてきています。あと、最初は自分達でマニピュレートをしていたバンドが成長して大きな舞台に出るときなどに、マニピュレーターが必要とされることがありますね。つまり、ミュージシャンの視点とは違う部分であり、エンジニアと演者の中間のような働きをしています。
ミュージシャンとエンジニアの中間という働きをうまく表しているエピソードや、マニピュレートの作業などがあれば教えてください。
音色に関して言うと、バンドのスタジオ音源は最終的にマキシマイザーやトータルコンプをかけて仕上げられていますが、同期してライブで流す場合は、それらコンプレッションの類のエフェクトをバイパスした音のほうが全体で聞いたときに良かったりします。しっかりと整えられた“シャキーン”とした打ち込みの音はちょっと出来過ぎ感が出てしまうし、そもそもステージで演奏している音はマスタリング処理されたものとは違うので、もっと“ボコッ”とした音のほうが合います。また低域の処理も重要です。2019年のSEKAI NO OWARIのツアー「The Colors」ではエレクトロニックなビートをフィーチャーしていて、彼らはファン層が広いのでPAエンジニアと“老若男女が楽しめるクラブのようなサウンド”を目標としていました。これがなかなか難しかったのですが、出音をPAコンソールの位置で確認したりして、持ち込まれた何十発ものサブウーファーとスタジアムの特性を考慮しながら、低域の実験ができたのは僕としても糧になりました。
草間さんは長年、制作者でもありエンジニアでもあるわけですが、そういった見地がマニピュレーターとして役立ったと感じたのはどんなことですか?
たとえばマニピュレーターには、バンドが同期して演奏するためのクリックを作る作業があります。僕はミュージシャンとしても活動しているので、テンポ感やビートパターンに合わせて、どういうクリックだったらノリやすく演奏しやすいとか、何小節前にアクセントがあると展開しやすいということが直感的に分かるのですが、そういった見識があるのはこの仕事をするうえで良かったと思っています。僕は学生の頃からシーケンサーを使って音楽を作っていたので、打ち込みと生演奏をどう絡ませるかというのは、常に考えていることでもあります。
マニピュレーターとして現場に持ち込むシステムのセットアップはどういったものですか?
僕が自分の機材を持ち込む場合は、メインとサブの2台のラップトップをiCONNECT MIDI4で接続し、コントローラとしてAKAI PROFESSIONAL APC40を用意します。オーディオインターフェースがFOCUSRITE Scarlett、さらにチェック用のミキサーを用意するのが基本的なシステムです。そしてAbleton Liveですね。Liveはちゃんと使えばクラッシュして落ちるという事はありません。その信頼感が僕の仕事をする上での安心材料になっていると言っても過言ではないと思います。
音色の処理などに関してもLiveのデバイスで行っていますか?
はい、システムを組む際にできるだけリカバリーしやすくしているので、まっさらなラップトップ・コンピュータにLiveだけをインストールしてできるオペレートにしています。ですから、Liveに関しても外部プラグインは使わず、EQ Eightなどの内蔵デバイスのみでサウンドの処理を行っています。
確かに、マニピュレートでもっとも大切なのは音や同期が止まらないということだと思いますが、草間さんがこれまで経験してきたなかで、もっともヤバいと感じたトラブルはどういったものでしたか?
あるバンドで、僕の立っている場所とは別の位置にコントローラがあり、それで僕のコンピュータ内にあるインストゥルメントを操作していたのですが、ライブ中にコントローラが倒れてしまったことがありました。その衝撃の影響で、僕の立ち位置でコントロールしていたAKAI APC40も操作不能になってしまったので、同時に走らせていたサブのマシンに切り替えて、メインのマシンを復旧させました。隙を見てステージ上のコントローラを直そうと思ったのですが、USB端子が完全に壊れてしまっていて、USBケーブルだけを抜いて自分の立ち位置に戻ってきましたね。この経験を踏まえて、コントローラに割り当てるMIDIマッピングだけでなく、コンピュータのキーボードでもLiveを操作できるようにキーマッピングも行うようになりました。この対処法も含め、色々ノウハウが蓄積されてからは何が起きても大問題にはならなくなってきたので、最近ではサブマシンを走らせないこともあります。このトラブルからちょうど7年が経ったのですが一度もコンピュータが止まったことがないので、せっかく2台のコンピュータを持っていくのであれば、その内の1台は別のことに使ったほうがいいなと思うようになりました。
今のお話を聞くと、トラブルの対処方法としてもマッピングの知識は必要になりそうですよね。最後に、マニピュレーターを目指そうという人にアドバイスをもらえますか?
そうですね、さきほどお話したように音楽的な知識があって、ミュージシャンの会話が理解できることも大切です。その意味でもマニピュレーターは自分でも音楽を作る人のほうが向いていると思います。ある程度エンジニアリングのことを知っていながら、音楽制作の経験があるという。それともうひとつは「絶対に同期を止めないぞ」という気持ちです。僕はいろんなバンドからマニピュレーターのシステム構築やどうやったら良いのかという相談を受けるのですが、もしバンドのメンバー内でその役割をする場合は、必ず「誰か1人に全責任を持たせるように」というアドバイスをしています。なぜかというと、メンバー全員で役割を共有すると認識の齟齬が起きたりして、大抵の場合はトラブルが起きます。仲の良いバンドならまだしも、責任のなすりつけ合いに発展するようなことは避けたほうがいいですから。ですからマニピュレーターを目指すという人も、全責任をもって同期を止めないという気持ちを持つことが大切ですね。
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文/インタビュー:Daisuke Ito
写真:Takashi Yashima|nekoze_photo