Half Waif:創作のための空間づくり
Half Waifの音は、調和をたゆまず探りつづける創造力の音だ。 ニューヨーク在住のアーティストNandi Roseが生みだす音楽は、光と闇、アナログとデジタル、孤独と社会というふたつテーマの境界をたどりながら、痛切なまでに甘美な往来を見せる。 彼女の音楽性はKate BushやJames Blakeを彷彿とさせ、伝統的なソングライティングの感性を、遊び心のある音の探求や大胆不敵な姿勢に結びつける。
読者の中には、Half Waifが2018年に発表したアルバム『Lavender』について「聞き手を遠ざけると同時に惹きつけるような、朦朧とする動き」と評したPitchforkによるレビュー(英語)を読んだ人や、彼女の声の持つ焦がれる魅力と4人のマルチプレイヤーを軸にしたTiny Desk Concertを目にした人がいるかもしれない。 これまでIron & WineやAlex Gらとツアーを共にし、すでに3作のアルバムを発表して十分なキャリアを重ねてきたHalf Waifだが、彼女には表現したいことがまだたくさんある。
今回のインタビューでは、4作目のアルバム『The Caretaker』の発表を祝し、Half Waifの制作過程の深淵にじっくり迫る機会を得ることができた。
『The Caretaker』(世話役/介護者)というアルバムタイトルの意味について教えてください。
このアルバムの作曲に取り組んでいた時期、たくさんの友人関係が変化してバラバラになる状況に直面していたの。どうしてこんなことになってしまったのか、心の底から考えてみなきゃならなかった。 人生がうまくいっていない感じだった。 どんな理由だろうと、人生の中で人に寄り添うことができないというのは本当に辛いわ。 自身を省みると、メンタルがひどくボロボロになっていたし、限りなく自尊心を失っていた。わたしは“自己愛”という言葉が大嫌いだけど、それがすっかり失われてしまっていたの。
このアルバムで取り組んでいたのは、他者やこの世界にとって良き世話役になるために、つまり、わたしたちが暮らすこの美しい星の給仕役になるために、真の不屈の精神と自己愛が必要なんだと認識することだった。 人生において大事なものや愛するものを大切にするには、ある程度の内省もなされるべきだと思う。
『The Caretaker』の制作過程について教えてください。
このアルバムにはじっくりと時間をかけたいと心底望んでいた。 過去のわたしの作品はツアー中に作曲したもので、車やバンの中、控え室の中などでちょっとずつ書いていたの。でも、今回のアルバムに関しては、自宅でじっくりと長い時間をかけながら楽曲と向きあうやり方を意図的に選んだ。 相当な量のボツ曲ができるのは覚悟のうえで、とにかく曲をたくさん書きまくりたいと思ったの。でも、時間があって実際の作業空間もあるっていうのは贅沢なことだと感じたよ。
ちょうど今、アルバムの曲を書いた部屋にいるの。ニューヨークのチャタムにある自宅の小さな音楽部屋よ。 ここ1年はずっとツアーに出っぱなし。それ以前はこんなにツアーに出ていなかった。だから今回のアルバム制作は、自分が作曲していたものにしっかりと集中して、必ずしもアイデアが湧き出るときに作業するわけじゃないようにする試みだった。 もっと秩序だった作曲をしたとしたら? 毎日自分の部屋にいて、さまざまな方法を試して自分を駆り立てたり、作曲するという行為がいったい何を意味するのか、いろいろな道筋から考えてみたりしたら? その結果として、制作過程は本当に多彩なものになった。
このアルバムでは、孤立と社会の調和を見つけることがテーマになっているの。 ここに引っ越してきたことは、わたしにとっていろんな意味で大正解だった。ここでは心から落ちつけるから。 自然豊かなところも気に入っている。 作曲できる場所はあるけど、小さな町に住んでソロアーティストをやっていると、すごく切り離される。わたしが今そうなっている。何年もバンドと一緒にいたあとにね。 ひとりでギグをする状態に戻ったような感じだし、今のところはバンドとはコラボレートしていないわ。
このアルバムでわたしが探求したのは、調和を見つけることだった。自分自身のための空間を作り出して孤独を楽しむこと、その状態を有益に感じること、そして、それが行きすぎたものになりえると認識すること、その間の調和をね。 良いものでも度を過ぎると悪いものになることがある。孤独な空間を楽しむためにそのことを認識すると、それとは対照のものが必然になって、他人と交流しないようにすることが必然になる。 自分の人生で、そういう調和を見つけようとしているの。
アルバムの中で一番制作が楽だった曲と、一番大変だった曲は何ですか?
間違いなく『Brace』と『Generation』。この2曲はキーボードやピアノを使った従来型の曲で、一気に仕上がった。 この2曲は、ひとりでに書けたというか、キーボードの前に座ると同時に歌詞とコードが浮かんできたケース。 でも、まるで挑むような感じで取り組んだ曲もあった。
『Siren』という曲は難題だった。というのも、かなり気に入っていたビートと、ごく自然に浮かんできたコーラスがあったのね。 でも、『さて、ここからどうしよう?』ってなっちゃって、満足のいく繋ぎと締めくくりのパートを必死でやらなくちゃならなかった。 それで最終的にやることにしたのが、人生初のモジュレーションだった(笑)。 「この曲をどうやって終わらせればいいんだ」って感じだった。べつに前置きがなくても、モジュレーションを始めてもいいじゃない? 「どうやって始めようか?」なんて考えず、とにかくやってしまう。
とても力強いバラードな展開ですよね。 すごくCeline DionやMariah Careyっぽい。
本当にそうね。 そう感じられるのは、歳を重ねて音楽を続けていることのいいところだとも思う。 どの音がクールかなんてあまり気にならなくなったし、いろんなことを試して楽しむことがより大事だと思えるようになっている。 昔だったら、そういうことは安っぽいとか、バカみたいとかって思っていただろうけど、作曲していて「これって気持ちいいな」って思ったし、自信をもってやれたわ。 モジュレーションをやるタイミングって気がした。
モジュレーションに取り組む時間を設けたことで、それまでにやっていなかった新しい作曲テクニックを活用したり、大好きなアーティストたちの曲を聞いて分析したりして、楽しい練習になったよ。 このアルバムの作曲作業をつうじて、「自分があの曲を好きな理由は? このセクションを心地よいものに感じさせている要因はなんだろう?」と自問して、それを自分自身の楽曲の中で試して実践した。
そのときは何を聞いていたんですか? アルバムにどんな影響があったんでしょうか?
そのときと今のわたしにとって大きな存在で、常に進化しているのが、Frank Ocean。 『Blonde』にはものすごく影響を受けたし、軽々とジャンルを横断していて、わたしと同世代のすっごくたくさんのソングライターが影響されていると思う。 曲にハマるとは思えないようなことを堂々と試して、見事にやり遂げる様をはっきりと示しているんじゃないかな。
Alex Gも、そういうことをやる人だと思う。彼とは友だちになって、一緒にツアーをしてきた。 ジャンルに対する彼の柔軟さには、とてつもなく刺激を受けている。音への探究心にもね。どれも彼の世界の一部のように感じられるの。 いわゆるカントリーの曲を作るんじゃなくて、 あくまでもAlex G流のカントリーにしてしまう。 そこには無理している感じがまったくなくて、彼の遊び心や、新しいことに挑戦して曲の求めるものに堂々と向き合う姿勢を物語っていると思う。 曲にバイオリンが必要なら、入れたらいい。 これまでバイオリンを使った曲を書いたことがなくても関係ない。自分がバイオリンを使うようなアーティストではなくても関係ないの。
楽曲がすべてなの。 曲が求めているものを優先する。自分がどんなアーティストなのかっていう先入観よりもね。 『Blinking Light』という曲はその一例で、書き始めたときは、インディーロックや古典的なロックみたいに感じだった。 昔だったら「こんな曲はわたしらしくない。Pinegroveっぽい曲だ」って思っていたはず。Pinegroveっていうのは、わたしが一緒にやっていたバンドね。 「この曲はPinegroveが書きそうな曲だ、わたしじゃない」って思っていたはず。 でも、これもわたし自身が歳を重ねて心が広くなったおかげだと思うんだけど、そのまま進めてどうなるかやってみることにしたの。 曲中に奇妙なギターのサンプルがあって、最初は考えてなかったんだけど、ハマる気がしたから、そのままにした。
『Lapsing』という曲は、制作時によく聞いていたNils Frahmにすごく影響されている。 無駄のない音の使い方と、ひとつの楽器を変化させて、そこからいろんな種類の音を引きだす能力にね。 『Lapsing』では同じシンセの音を2種類使っている。TAL-U-No-LXっていうJuno 60をエミュレートしたシンセプラグインね。 この曲では即興をやったの。 モジュレーションも初めてで、インストの曲も初めてだったから、この際、即興にも思いきって挑んでみようと思って。 普段なら、すごく手間をかける。自分の完璧主義者な性質のせいね。 シンセパートを演奏したあと、オートメーションを描いたのね。 そして演奏に戻った。トラックのアームを有効にして、シンセのパラメータを操作してフィルターを開いたり、ピッチをちょっと震わせたりしたよ。 フィルターがピッチに影響するようになっていて、夏の虫の鳴き声を再現したものを、遊び心のつもりで重ねたりもした。 ちょっとだけ音程から外れているようなシンセを入れておくことで、夜に鳴く虫たちの声を再現したの。
Half Waifの楽曲には感情を揺さぶる威力がありますよね。短い曲ですし、いろんなセクションの合間におびただしいほどの対比が見られます。 これはどうのようにして実現しているんでしょうか?
わたしが作曲について学んできた教訓は、どのセクションもワクワクするものじゃないとダメってこと。 自分で書いた曲で、サビは好きだけど、Aメロはまあまあな場合は、Aメロを書き直して、自分にとってサビと同じくらいワクワクする状態にもっていく。 どのセクションも本当にすばらしく感じられるように挑戦してきたし、派手なコーラスを聞かせたいがために、ヴァースを適当にやりすごすようなことはしないようにしてきた。
曲の短さに関しては、もともとのせっかちな性質が一因ね。わたしは作曲が大好きなんだけど、ひとつの曲が完成すると、すぐに次の曲を書きたくなってしまうの。 それに、短い曲の中にいろいろな展開があれば、繰りかえし聞きたい気にさせるでしょ。 「いまのは何だったんだ? もう1回聞いてみよう」って感じにさせる。そうやって、何度も繰りかえし聞いてもらえると嬉しいね。
最近見つけた格言で「目を凝らすほど理解は深まる」というものがあったの。 音楽にこれをあてはめるといいと思う。 最初に聞いたときに何かを得られるけど、聞いていくほど、さらに引き込こまれるというか。 ちょっとしたすてきな新発見がある。それが、わたしの好きな音楽。 自分でも、他者のためにそういう音楽を作れたらいいなと思っている。
ほかにはどんな人がこのアルバムに参加したんでしょうか?
プロデューサー、エンジニア、ミキサーをカリフォルニアでやっているDavid Tolomeiに参加してもらった。 Davidには『Lavender』のミックスを担当してもらっていて、『The Caretaker』のデモ制作の早い時期に彼と話したことがあったの。 「今回は少し早めの段階から制作に参加してほしい。作品の世界観を肉付けして音に磨きをかけるために助けてほしい」って。
スタジオに入ったら、自分のMIDIの音を入れ替えて曲を作り上げていきたかったから、ニューヨークのラインベックにあるスタジオClubhouseに行って、アップライトベース、バイオリン、バスクラリネット、フルートを録音した。 そのパートはどれもMIDIで演奏していたんだけど、演奏者を読んで本物の音にしてもらったの。
ニューヨーク市内にあるSynth Sanctuaryでも録音作業を行ったわ。ものすごいアナログシンセが集められた夢のような場所なの。そこで数日かけてアイデアを肉付けしていった。 Oberheim、Juno、Prophetとか、ほかではお目にかかれないような名機をたくさん使ったわ。 実際のアルバムにはMIDIで演奏したフルートや、たくさんのソフトシンセも使っているけど、そうやって制作した結果、より立体的なアルバムになったと思う。
それから、Davidがカリフォルニアでアルバムのミックス作業をやったので、わたしはそこに行って数日かけてどんな種類のエフェクトが全体的に欲しいか彼と一緒に考えた。 デモを聞いてもらえればわかるけど、基本的にこのアルバムは磨きぬかれて良質な音になっているよ。プロデューサーとしての自分の到達点を誇りに思う。
わたしは“プロデューサー”という言葉の意味を学んできて、創造的なプロデュースと技術的なプロデュースが存在すると考えている。 わたしが好きなのは、音で遊ぶこと。 技術的にどう機能するのかを理解するためにいちいち時間を費やしたくない。 わたしがそんなことを言えるのは、そういう発言が恥ずかしいことではないという認識の表れでもある。 以前のわたしは、なんでもかんでも自分でこなせなければ正当に評価してもらえないんだって思いこんでいた。女性であるだけにね。 今では、自分で作曲しプロデュースした作品を心から誇りに思っている。 わたしがラフミックスをやるのは、オートメーションをかけた部分の感じをつかんで、全体的にどういうミックスで音を収めるか把握するため。だから、ほかの人を招いて技術的に助けてもらっても平気。 わたしを褒めてくれて、そんな感じでわたしと一緒に制作できる人を見つけるのは楽しかったよ。
声の使い方とボーカルの音作りについて話を聞かせてください。 ふたりでどんなことを行ったんでしょうか?
Davidから機材を借りてボーカルを録音した。 自分ひとりでボーカルを録音したの。 まわりに人がいるのは好きじゃなくて。 以前、スタジオでボーカル録りを試してみたけど、気分的にうまくいかなかった。 録音しながらDAWを走らせたほうが、わたしにとっては断然てっとり早い。 「ダメだ、これは気に入らない。 元の状態に戻してみよう」って感じで作業できるから。 逆に「2小節前に戻してくれる?」って伝えて、エンジニアが準備して、 そのあとカウントインを待つっていう感じだったら、すっかり気が削がれてしまう。 自分できちんとコントロールする必要があるの。 ゾーンに没入するっていうか。 ボーカルを録音するときは、とても真っ暗な場所で録音する。 何度も繰りかえし自分の声を聞くのって大変だから、そのときは誰もいてほしくないの。
Davidから渡されたNeumann U87があって、すごくよかった。あと、Hiloのインターフェースも。 それでね、わたしは機材のことをちゃんとわかってないの。自分で何の機材を使っているのかさえわかってないんだから。これまでどおりだったら、すごく恥ずかしいんだけど、 今は「まあいいか、 それでも自分でボーカル録りをこなせているわけだし」って感じ。
わたしにとっては、声が基本の楽器なの。 もっとも思いどおりに操ることができる楽器だし、自分の声からたくさんの音を引きだすことができる。 作曲していてかすれたパッドが欲しいとき、最初に試してみる楽器が自分の声。どのソフトシンセがしっくりくるのか考えるのが煩わしいときとか、よく使うKorg Minilogueを使いたくないときもね。 ボーカルをたくさん録って、エフェクトをかける。声は、すぐに利用できるツールだから。
どの曲でも、“mutants”って名前をつけたオーディオトラックをひとつ以上用意している。いつもオーディオトラックごとに違う処理で奇妙な声にしているから。 ピッチシフトとか、Grain Delayとか、 いろんなエフェクトをかけるよ。 [Spray]のパラメータで起きる変化が、すごくかっこよくて、ボーカルやシンセに使っている。 アルバムの全曲でエフェクトのかかったボーカルをたくさん使っている。表現力豊かな楽器だと思うし、自分にとって一番しっくりくるものだから。
これまでの作品で行ってきた実験や進化すべてをつうじて、これこそHalf Waifだと思えるものは何でしょうか? 自分らしい音の特徴や、ついつい繰り返してしまうものはありますか?
メジャーコードとマイナーコードを相互に鳴らすところ。いつも実践していて、たぶんこれからもそうすると思う。 音調の中で浮かんだり沈んだりする展開がすごく好きなの。 全体的には、感情と密接な結びつきを感じられる冒険的なコード進行にすることが多い。 ただ奇妙なコードを使いたくて使っているわけじゃない。 感情的な衝動に駆られたら、それに従うだけ。それが型にはまらないコード進行のときもあれば、セクション間の動きのときもある。
これまで、ソフトシンセや電子音を生楽器や自然な質感に組み合わせたり、重ねたりして使うことが多かった。 これはずっと実践してきたことだし、これからも続けていこうと思っている。 それを洗練させて、自分の使う音について意識的になって注意深くなろうとしているの。 ほんの少しの音で、どれだけ多くを表現できるか? そういうことに取り組んでいこうとしている。
『The Caretaker 』は3月27日にリリースされました。
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文/インタビュー:Erin Barra