交流会:変化するコラボレーションの形
クローゼットの中へ
「Trace、君はどうなんだい? 歌えるのかい?」舞台は1979年のイギリス、10代の子の寝室です。 The Stern Bopsというバンドがリハーサルをするところ、というより、ボーカルが来てくれればそうなるところです。 他にいい選択肢がないため、誰かがリズムギターのTraceyに代わりを頼むと、彼女は了承しました。しかし、自分が本当にできるかはわかっていませんでした。 彼女は歌えるのかい? どうゆう意味で言ってるのかによるね。 彼女は歌うよ:まあ少なくとも自分の部屋でレコードを聞きながら叫んでいるよ。 でもこうゆう感じではないね、他の人に見られながら聞かれるわけじゃないから。
彼女はやると言っています。でも条件があって、クローゼットの中からであればボーカルをしてもいいとのことです。 バンドはその条件を受け入れ、セッションが始まります。なんとなく輪になってジャムをして、Tracey Thornのボーカルは部屋の隅にあるクローゼットから浮き出てきます。 彼女はライブはしませんでしたが、それが救いでした。 「私はオーディエンスの前でそれができるかはわかりませんでした」とThornは2013年に出版された自伝、Bedsit Disco Queen(英語)の中でボーカルとしてのデビューを振り返っています。「クローゼットを持ち歩くことなんてできませんでした」。 Thornは数年後にふたり組のEverything But the Girlのひとりとして歌い、その後にはMassive Attackの名曲、“Protection”にボーカルとして参加しています。 ミュージシャンやプロデューサーやエンジニアなど人前で、そしてさまざまな状況の中で歌うことに慣れていくこととなりました。 しかしこの1979年の時点では、他の人が見ている中で何かを試すというのは彼女にとって耐えられるものではありませんでした。
21世紀の現在、音楽制作者がコラボレーションについて話すとき、同じ場所であったり、“対面”で作業をすることは理想的といわないまでもひとつの基準として考えられています。 同じ部屋でお互いに目を見ながら、機材の上に手を置いて一緒に何かを作るというのがあるべき姿であると。しかし、Thornがクローゼットの中で歌っていたというストーリーによって考えさせられるのは、誰もがこのような方法での作業を好むわけではないということです。 グループで音楽を作ることは社会的なプロセスであり、社交的な場についてどう感じるかによって、いいものにも悪いものにもなりえるでしょう。 音楽を作りたいけど、人見知りだったり、人と接するのが苦手だったりしたらどうしますか?
今となっては、答えは簡単なものです。DAWとサウンドパックを買って自分でやるのが当たり前となっています。 しかし、この“クローゼット事件”当時は、そうすることはできませんでした。 ポピュラー音楽を作ることは多くの場合、物理的な空間で多かれ少なかれリアルタイムに人々と作業をすることを意味します。そして、この状況は今日ではしばしば望ましいものとして扱われていますが、多くの人にとって文字どおりの悪夢であったのです。
反コラボレーション
「ギターバンドをやり始めたのは高校生のときだった」とプロデューサーでテレビ作曲家のBev Stantonは2010年(英語)に言っています。 「あまりにも多くのどうしようもない人たちと関わってきたから、機械をもっと使うほうがよかったんだよ。 大騒ぎになるようなことがなくなるからね」。バンドカルチャーにつきものの妙な人間関係やしがらみにうんざりとしていたStantonにとって、エレクトロニックミュージックは共同作業をせずにすむという選択肢をもたらしました。このチャンスを逃す手はありませんでした。
2017年のStraylandingsのインタビュー(英語)で、イスラエルの映画音楽作曲家のYair Elazar Glotmanが話していたのは、Stantonと似た考えでした。 「ベーシストであること、他のミュージシャンに頼りながら自分を表現することに不満を持っていた」と彼は説明しています。 「そういう意味では、エレクトロニックミュージックはとても自由なんだよ」。StantonとGlotmanは、Thornがすることのできなかった方法でバンドから離れることができたのです。 彼らの若いときにスタジオ機材はより安くより手に入りやすくなっていました。そしてパソコンで作曲することさえできるようになり、やがてそれが当たり前になりました。
彼らのアーティストとしての生涯において、“ソロ”での音楽制作は、Todd RundgrenやPrinceなど一部の資金力のある変わり者だけができるものから、パソコンを持っていれば初心者の誰でもができる状況となっていったのです。 その結果として、対面での共同作業はオプションものとなっていきました。 もし、Stantonのように人と一緒に音楽を作ることに不満を感じていたり、Glotmanのように限界を感じたりしているのなら、なぜそれを続けるのでしょうか?
最近の“コラボレーション”の流行で印象的なのは、その必要性が低下していることに対応していることです。 今ではする必要が無くなったため、むしろクールなものとして見られています。人々が山を通る道路や鉄道のトンネルを作った後に、山が“壮大”であったり“崇高”であると言われ始めたことと同じようなことです。邪魔でなくなってくると美しく見られていくのです。
ニワトリが先か卵が先か?
どのようにしてここにたどり着いたのでしょうか? コンピュータやDAWのおかげで自分で音楽を作れるようになったから、人々はそうし始めたのでしょうか? それとも逆でしょうか? ある機材が発明されたからある音楽ジャンルが生まれた、または、技術が発展したから音楽文化が発展したということはごく当たり前のことでしょう。 しかし、厳密には違います。
技術決定論(技術的革新が社会に影響を与え社会構造や文化的価値観を決めるとする理論)とは裏腹に、テクノロジーは音楽制作者を個人の意志に反してあれこれと駆り立てるような無目的に働く力ではありません。 音楽家でありアーティストでもあるNicolas Makelbergeが2012年に発表した論文「Rethinking Collaboration in Networked Music」で論じたように、道具の発展は人々の願望に対応するものです。人がものを発明するのは、それが存在することを望んでいるから、あるいは他の誰かがそのように感じていることを知っているからです。そして、発明は人々が役に立つ、または望ましいと感じる程度にまで発展していきます。 こういった視点から見ると、リュートの発明からMPCに至るまで、音楽技術の進化は、より少ない人数でより多くの音を作りたいという種全体の願望を物語っているのです。 つまり、人々は自主性を求めて、それを手にいれたといえます。
これは、テクノロジーが創作に影響を与えないということを意味しているわけではありません。また、新しいツールができたおかげで違う方法で物事を進めるようにはなっていないというわけでもありません。 ただ、ツールそのものを人間の営みの産物として捉える必要があるということであり、アーティストが何をするのかをあらかじめ決めてしまうような歴史の範囲外にある力ではないということです。 「私は人々の長年の夢を実現させました」と1971年にメンズファッション界のパイオニアであるBill GreenはNik Cohnに言っています。 これはズボンについての話ですが、アルペジエーターやビートを作成するスマホのアプリのデザイナーが言っても同じこととなります。
そこで、音楽制作者は自主性を求め、楽器のデザイナーやソフトウェア開発者によって少しずつ提供されてきました。 しかし、それが集団的な願望の結果であったとしても、後悔することとなってしまうかもしれません。 私たちは他の人間とのつながりと引き換えに主体性を手にしたのでしょうか。
たとえば70年代半ばの技術水準では、クールなダンスミュージックを作るためには最低でも4人編成のバンド、録音に参加するパーカッショニスト、複数のホーン、バックシンガー、プロデューサー、エンジニア、そしてシンセを作った会社の人間が必要でした。 他の要素もあったにせよ、非常に社会的なものでした。 今では、インターネットに接続されたパソコンでLiveを起動すれば、たったひとりで(多かれ少なかれ)同じような効果を得られるようになったのです。 多くの人がそうであるように、個人的にこの状況に恩恵を受けていたとしても、少し気がかりに感じられます。 みんなどこに行ってしまったのでしょう? つるまなくなってしまったことは問題なのでしょうか? 率直に言うと、音楽の自主性は私たちを孤独にしたのでしょうか?
3つのC
Nicolas Makelbergeによると、音楽プロデューサーの社会的生活の終焉に関する報道は、非常に誇張されているそうです。 バンドを組んだり、アンサンブルを編成したり、目的を達成するためにスタジオを借りてエンジニアを雇う必要がなくなったからといって、人々が他の人と一緒に音楽を作らなくったというわけではありません。むしろその逆なのです。 共同制作は21世紀も健在でありながら、その構造を理解するためにはより正確な言語が必要かもしれないと述べられています。
Makelbergeはよく使われる「コラボレーション」という言葉を3つの用語に分け、相互関係(人々が何かを達成するためにどの程度他の人と関わる必要があるか)が「最も大きい」から「最も小さい」という軸の上にそれらの用語を置いています。 階層の関係は示されておらず、どれがより優れていると言っているわけではありません。単にそれぞれが違うものであり、別の扱いを受ける必要があるということだけです。
コラボレーション
Makelbergeによると、音楽制作において他の人との相互関係が最も大きいものはコラボレーションです。これは、バンドやプロダクションのパートナーシップで作業する方法であり、ふたり以上の人が音楽の制作にずっと関わることとなり、少なくとも理論上はどのように作り上げるか、そして出来栄えについて対等の立場で発言することができます。 Makelbergeは、「問題に対して共有された概念を構築し維持しようとする継続的な試みの結果である、協調的かつ同期的な活動」であると説明しています。 例をあげると、これはSunn 0)))の設立者であり一連のコラボレーションを行なっているStephen O’Malleyが好む方法です。 「コラボレーションは、音楽を探求する唯一の方法だと思う」と2017年にThe Creative Independent(英語)で述べています。 「いろいろな人とコミュニケーションをとって、一緒に何かを作り上げようとするのはとても魅力的なことだね。 ワクワクするね。 コラボレーションでなければ、音楽をやることはできないかもしれない」
O’Malleyによって証明できると思われますが、この「協調的で同期的」な活動が、観客の前でライブで行われると、結果的により刺激的なものとなるのでしょう。 「誰かと演奏していると、たまに形容しがたい相乗効果が生まれるときがあります」とチェロ奏者で作曲家のClarice Jensenは、Loop 2018で韓国のビートメイカーであるLoop 2018と即興ライブを行ったときに述べています。 「そしてそれがまったく知らない人で同じ言語を話さないのであれば、とても抽象的なものになりますが、感じることができます」
連携
Makelbergeは、「連携」について、「パートナーと作業を分割し、それぞれがサブタスクを解決し、部分的な成果を最終的なアウトプットに組み立てる活動」であると述べています。これはポップソングでよく使われる手法です。ヒット曲を生み出す「アーティスト」はひとりだけかもしれませんが、パート譜を書いたり、楽器を演奏したり、ゲストとしてヴァースを提供したり、エンジニアリングやミキシングなど、それを実現するために他にも多くの人が関わっているのです。プロデューサーのStefan Johnsonは、「1曲のために、これほど多くの人が時間を費やしたことには驚いたよ」と言います。 Johnsonは、ニューヨーク・タイムズの『Diary of a Song』で、Zedd, Maren Morris and Greyの“The Middle”について話しています。 彼のパートナーであるJordan Johnsonは、それはただ「みんなできる限りいい曲にしようとしただけ」であると言います。
しかし、連携のアプローチは小規模な音楽プロジェクトでも有効です。 プロデューサーとして、楽曲の中に自分では作ることのできない音が欲しくなり、友人や知り合いに提供してもらえるか検討してみるといったことはよくあります。 楽器のパートや、音の処理、ゲストボーカルや作業が必要な原音素材であったりします。 これは相互関係は小さくなりますが、だからといって見返りも小さくなるということではありません。 Objektは、2021年にSlikbackの近日発売のアルバムに参加するよう招待されました。 「彼に1年間くらいかけて作っていて、この時点でもう完全にやりすぎていた制作中の作品用のステムを送った」とObjektはInstagramのストーリーに書いています。 「MFは10時間後に完成したものを送り返してきた…もちろんこれは自分が作ることができるものよりはるかに原音に近くエネルギーがあって楽しいものだった」。ObjektとSlickbackは、一緒にモニター画面やミキシングデスクに腰を下ろしたり、従来の意味でのジャムセッションをしたわけではありませんが、それでも彼らのアイデアと能力を結集して、どちらも自分だけではできなかったものを作り上げたのです。
Slikback x Objekt作“Apex” – 制作における連携のアプローチからなる最終成果物。
また、連携することにより遠隔での作業が可能になり、プレッシャーから解放された状態でひとりでアイデアを練り上げてから部品を組み立てることができるようになります。 Tracey Thornは、90年代初頭にMassive Attackと仕事をしたときの話をすると、彼らが最初に“ Protection”のカセットデモを送ったとき、それをどうすればいいかわからなかったと言っています。 「しばらくカセットを持ち歩いていました」と彼女は書いています。「最初はどこにも辿り着かなかったのです。 そうすると次第に脳に染み込んできました…数日後には、Massiveのテープをかけて紙と鉛筆を手に取ると、ほとんど一回で曲全体を書き上げることができました」
コレクティブクリエーション
相互関係が最も小さいのは、「コレクティブクリエーション」です。それは一見すると通常想像するようなコラボレーションとは似ても似つかないものでしょう。 Makelbergeは、コレクティブクリエーションについて、「コラボレーションや連携をする意識的な意図や明示的な合意は双方にありません」と述べています。参加する人々は、Google ドキュメントで共同作業をするときのように、オンラインでもオフラインでも、“一緒に仕事”をしていても、スタジオの中であっても、リモートでオンラインであっても、会うこともなければお互いに話すこともありません。 それにも関わらず、このアプローチはMakelbergeによると、「スキル、努力、そして多くのアーティストの成果物に関わるアート作品を生み出すものである」と言います。
この方法の例としては、ヒップホップのプロデューサーがサンプルを作品に組み込むと、サンプルを録音したアーティストとの対話の一部になることがあげられます。“サンプリングする側”と“サンプリングされる側”は実際に会うことはありません。 多くのヒップホップのアーティストは単独で作業し、またその方法を好みます。 プロデューサーのMr Supremeは1998年に次のように言っています。「それは最高だよ。朝の4時にサンプラーの前にパンツ一丁で座って、いいものを作るんだよ。わかるだろう?」Supremeは、Joseph G. Schlossの著書、『Making Beats』で音楽の研究者やヒップホップマニアがインタビューしている数十人いるラッププロデューサーのうちのひとりです。その本の中でSchlossと被験者たちは、ブラックミュージックに備わる“社会的な”性質についての怠けた神話を否定し、自宅で下着姿で音楽を作っているすべての人が、これまでにビートを作り、リリースした他のプロデューサーや、そういったプロデューサーにサンプリングされたミュージシャン全員との会話に同時に参加していることを明確に示しています。 おそらくこれが、clipping.のDaveed Diggsが『Song Exploder』で彼らのグループが「これまで存在しているすべてのラップ曲の砕き散った視点」から作曲をすると言い、clipping.が 「ラップミュージックの世界に存在するものの集団意識」であると言ったときに意味していたことなのでしょう。
clipping. 『Song Exploder』のポッドキャストで彼らのサンプリングへのアプローチをコレクティブクリエーションだと議論するclipping.。
※こちらのポッドキャストの言語は英語です。
このような集団的な音楽活動は、音楽と同じくらい古くからあるものです。 たとえば、フォークミュージックは何世紀にもわたって多くの人が作ってきた素材の宝庫であり、次にそのシーンに登場する人がそれを取り上げて使うことができるものであると言えるでしょう。 70年代と80年代には、レゲエ、ダブ、ダンスホールが第二次世界大戦後のテクノロジーと、レゲエの歴史家である Lloyd Bradley(英語)がジャマイカに特有の創意工夫と呼ぶものによって、この生産様式が発展していきました。 あるレゲエの曲がヒットすると、すぐに同じ曲の何十種類もの“バージョン”が作られました。 これは、従来の意味でのカバーではなく、プロデューサーが最初の曲のリズムやメロディーを取って、その上に新しいものを作るというもので、通常、原曲のアーティストは直接関与しません。「誰かから盗んでいるというわけではない」とMighty Diamondsは1977年に説明しています。 「リディム(レゲエのリズム体)を取り出してそれをアップデートさせて再録音するんだ。 そしてそれに自分たちの新しいアイデアを加えていく。 それを自分自身のマジックでリディムに“聖油を塗る”と言っているよ」
集団的な音楽制作は昔からあるものですが、インターネットがその成長を加速させたように思われます。 「いいかげんなスタジオで録音されたボーカルがオンラインでリリースされ、その日の夜にサウンドシステムから流されたりする」と著者でDJのJace Claytonは、2016年に彼が“World Music 2.0”と呼ぶものを説明する形でこう書いています。 「次の日には、その曲は地球の反対側のクルーによって再びサンプリングされ、彼らの持っているもので調合されていくんだ」。Claytonは、これが「21世紀のフォークミュージック」であると言っています。
ドーナッツ
「ドーナッツが好き、ドーナッツをちょうだい、ドーナッツを…」舞台はアメリカのどこかの家庭のキッチンです。 金髪の女性がコンデンスミルクで焼いたドーナツに砂糖をまぶした手の込んだデザートを作っており、Mikeという大男が解説をしています(しようとしています)。 しかし、彼は目の前で作られているごちそうとても興奮していて、歌にせずにはいられません。そして聞いてみると彼はとてもうまいのです。 「糖尿病!」と彼は教会のテナーのように歌います。 「こーうーけーつあーつ!」
すると驚くことに、3カ国のミュージシャンがキッチンに現れ、初対面にもかかわらず、何の合図もカウントインもなく、Mikeの歌に白熱したパワートリオの伴奏を合わせてきます。 そして、突然始まったかと思うと、突然止まり、Mikeが歌い始める瞬間を待つのです。
これはすべて不可能なことです。少なくとも“現実世界の中”ではそうでしょう。 しかし、これは現実ではありません。これはさまざまな意味でMakelbergeの“コレクティブクリエーション”の典型例を表す TikTokなのです。 TikTokの“デュエット”機能は、“対面”の状況下では起こり得ないコラボを可能にしました。それは、参加者が地理上そして実社会において非常に離れた場所に住んでいて、お互いの言語を話さないことが想定されるからだけでなく、こんなにばかげたことを他の人がいる空間でやらなければいけないという考えが多くの人を遠ざけてしまうからでもあります。 この手法は遠隔かつ非同期であるため、参加者はプライバシーを守りつつ音楽的な動きをリハーサルして仕上げ、受動的に貢献することができます。 ここでは、社会的に音楽を作りながら、自分たちの自主性を保つことができるのです。ジャムに参加しつつもクローゼットの中でくつろげるということです。
連続性の探求
この3つのCのうちどれを優先するかは、あなたがどのような人であるか、どこにいるか、そして何をしたいかによります。 Grace Jonesは、彼女の本『I’ll Never Write My Memoirs』の中で、初期のディスコ・アルバムのレコーディングにおける連携のアプローチがなぜうまくいかなくなったかを詳しく説明しています。自分のレコードであるのに、ゲスト・ボーカリストとして扱われ、すでにアレンジが書かれ制作された後に小さなサブタスク(歌うこと)が与えられていたからです。 1980年にそれを変えることを彼女が決意したとき、レーベルの責任者であるChris Blackwellは、Jonesを中心としたバンドを編成し、一緒にスタジオにブッキングしました。そうすることで、即興で作曲することとなり、Jonesの人となりが最初からミックスの一部となることを期待していたのです。 この手法で取り組むことで、Jonesは自分の表現方法について知ることができ、彼女のキャリアの中で最も優れ、商業的にも最も成功した音楽を生み出すことができたのです。
しかし、誰もがこのようなリソースを持っているわけでも、このような結果を望んでいるわけでもありません。 ガーナのプロデューサーGafacciは、2009年に音楽制作を始め、彼が言う“遊牧民”のような音楽的ライフスタイルで、スタジオからスタジオへと移動し、アクラでは共同制作者らと対面で作業をしています。 彼がより対局的に考えて、アクラの外に目を向け始めたとき、彼は官僚主義の壁にぶつかったそうです。それは、アフリカのアーティストにとってよくある経験だと彼は言います。 Gafacciは、自分にとって居心地のいい場所から抜け出して自分の目標を達成するために、人間よりもサウンドファイルの方が容易に国境を越えて移動できることを利用し、より連携のモードへと活動をシフトさせたのです。 今では、曲が70%完成したと感じると、リスボンからロサンゼルスまで広がる協力者のネットワークに残りの30%の作業を依頼し、指示とフィードバックをwhatsappで送っています。 「インターネットは自分とっていいものとなっています」と彼は言います。
Bev StantonやYair GlottmannのようにベラルーシのプロデューサーでソングライターのMustelideは、バンドを中心としたシーンで活動してきたため、グループを組まないと音楽が作れないと思い込んでいたそうです。 しかし、当時は対面でのコラボレーションにロマンチックな幻想を抱いていたとしても、今はもうありません。 「バンドの一員として、権威のあるようなプロデューサーが高いスタジオで座っているようなところで音楽を作るということしか考えられませんでした」と彼女は昨年のPop Kultur(英語)のインタビューで説明しています。 「しかし、DIYプロデューサーの時代がきて、機械がミュージシャンの代わりになり、プロ向けのスタジオの代わりにAbletonというように、いろいろな制作ツールを利用できるようになると、ようやく制作とサウンドデザインの魔法の世界に深く潜り込むことができるようになったのです」。Mustelideは、プロのスタジオになじめない原因となった家父長的な文化からは身を引くこきましたが、人と一緒に音楽を作ることは止めませんでした。 彼女の3枚目のアルバムは、アメリカのFound Sound Nationという団体によって集められた、壊れた楽器のサンプルを使って作られました。 彼らは一度も会ったことはありません。しかしなぜ会う必要があるのでしょう?
Mustelide作の“Telo Ogon”は壊れた楽器のサンプルから作られている。
Mustelideの不思議なポップ音楽は、スタジオで楽器を実際に破壊してリアルタイムでサンプリングしてもよりよいものとなるものではなく、Gafacciの国際的なプロデューサーとしての素晴らしいキャリアも、レコード制作のために全員をアクラまで連れて行かなければならないとしたら、始まる前に終わっていたかもしれません。 Grace Jonesは、組み立てるだけのディスコ・トラックに自分のボーカルを流し込むことでは得られない成果をバンドとの対面でのジャムから手に入れましたが、Big Mikeのドーナツ狂想曲の成功は、バンドもMikeもドーナツの女性も、会ったことがなければ、お互いのことについて何も知らないということの恩恵を受けています。
音楽的な関係を階層的ではなく、連続的なものとして考えることで、それぞれの長所や使っている道具との関係、自分の個性や音楽的な目標への適合性などを判断することができます。 長年にわたってコレクティブクリエーションによって与えられた自主性を享受してきたYair Glotmanは、最近再びコラボレーションをし始めました。それは、理想的なまたは“普通”の状態に戻るためではなく、自分を驚かせるようなことがしたいという思いからです。 「DIY精神でいると、完全に道に迷ってしまうことがあるんだよ」と彼は笑いながら言います。 「自分の考えがわからなくなってくるんだ。 だから、また他の人に信頼を持ち始めているよ」
共鳴
かつてスタジオでは、コラボレーションや連携が原則となっていました。 エレクトロニックミュージックの制作においては、最低でもエンジニアが必要となりますが、通常はもっと多くの人と一緒に仕事をしなければなりません。 30年前なら専門家のチームがいないと作ることができなかったような音も、今ではネットワークにつながったパソコンを持つ人がひとりだけで、簡単に作り出すことができるようになりました。
しかし、複雑で多層的な音楽を制作するためにコラボレーションや連携がもはや厳密には必要ないとしても、それらが楽しくなく、やりがいがないやり方というわけではありません。 他の人と一緒に音楽を作ることで、古い問題に光を当てたり、新しい考え方や仕事の仕方を見つけたり、文化的な視野を広げたりすることができます。
一方、録音技術そして最近ではインターネットが、オンラインのサンプルライブラリ、リミックスカルチャー、ブートレグ、TikTokといった新しい形の社会的な音楽制作の形を促進することとなりました。 この「集団的なミュージッキング」は、何百万人もの人々の作業を伴うため、ジャムやスタジオでの共同作業といった古いモデルとはあまり似ていないかもしれませんが、本質的には社会的で、音楽の可能性に富み、すでに音楽カルチャーを何倍にも変えるものとなっているのです。
実際に、今でこそ当たり前になった自主性を支える社会的な支えとなっているのです。 ネットワークに接続された音楽プロデューサーが自分でできることというのは、自由に使える音やツールを共有する何百万人もの人々の集合的な努力の結果なのです。 「そういった意味で」Makelbergeはこう言っています。「サイバー空間の仲間たちが共鳴するようなグローバルな音のボディを提供してくれるのです。たとえば、チェロのボディがそうであるように、これがネットワーク化されたコンピュータ音楽の楽器の基本的な機能となっているのです」
文:Craig Schuftan - Loop Curation Lead
Loop Create 2022:交流会
今年のLoop Createでは、才能やアイデアを出し合ってコラボレーションをしたり、自分たちだけではできないことを協力し合ったり、楽しさや利益、驚きを求めて集団的な創造の形に参加してみたり、人々が一緒に音楽を作る方法を詳しく見ていきます。 Loop Createは、インタビュー、ワークショップ、インタラクティブな制作の体験など、6,5時間にわたってオンラインで開催される、音楽制作者にとって制作意欲を刺激する日となります。10月29日はLoop Createに参加して、コラボレーションのあり方を一緒に考えてみませんか?
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