「だいたいは単にみんなをからかっているだけ。具体的に言えば、昔や今のイギリスのお約束をからかっている」とGazelle Twin名義で活動するElizabeth Bernholzは語る。彼女の最新アルバム『Pastoral』で取り入れられた驚異的な種類の声は何をインスピレーションにしていたのかと、たずねたときの回答だった。 語り、歌、ささやき、抑揚のないモノトーンなど、多様な声のインスピレーションとなったのは(さらに正しく言えば、多様な声を取り入れるというリアクションを引き起こしたのは)、彼女曰く「イギリスに住んでいる人のほとんどが、軽い人種差別、偏見、外国人嫌悪として日常で認識している」ものだった。 「特定の世代が抱いていたり、街中や大衆紙で見かけたりする。 わたしがやったのは、そういうものをいろんな方法で制作に取り入れることだった」
Gazelle Twin:21世紀の道化師
Bernholzの音楽がこれまでに触れてきたのは、暗鬱としたテーマだった。 2014年のアルバム『UNFLESH』は、思春期、恐怖症、性同一性といったテーマを衝動的に描いた作品として評されてきた。その媒介になったのは、容赦のない電子音のアレンジを舞台にしたさまざまな合唱や語りだ。 2016年のパフォーマンスプロジェクト『Kingdom Come』では、郊外と消費者の現代的な心象風景にある、部族意識、社会的条件づけ、そして、ファシズムが探究された。
そして、最新アルバム『Pastoral』の制作背景には、ブレグジットのキャンペーンと国民投票があった。この時期に熾烈でけたたましい議論となったテーマのひとつが、“誰がイギリス人で、何がイギリスなのか”だ。 自国の定義を巡る不和というテーマにふさわしく、同アルバムが呼び起こす極めて独特な音世界では、理想化された“以前のイギリス”がいたるところで引き合いに出されている。それは、ゆがめられた現代の視点で見た過去だ。この作品でBernholzは21世紀の道化師を演じ、“ポピュリズムの再燃”という不穏を煽る常套句を風刺している。その手段として使われているのは、並外れた種類で提示される、言葉遣い、質感、処理方法といった声の表現だ。
今回のインタビューで、Bernholzは『Pastoral』での声を使った制作に対する自身のアプローチを次のように説明している。「アルバムのほとんどで、語りを使っている。わたしは曲のムードに合わせて声を処理しがちだな。 語りのやつだと、声を複数のトラックに入れて、それぞれの声を若干ピッチをずらして4~5層のレイヤーにしていることが多い。 自分の制作ではどの性別も同一に扱うのが好きで、あと、いろんなアイデアで一斉に声を使ってみるのも好き。 それを手作業でやることが多くて、簡単なパンニングやピッチの上げ下げをしながら、ああいう空間や複数の性別を表現している。
声を使う制作のことは全部やりたいけど、いつもやっているのは数種類。語りに少しコンプレッサーをかけて、あたかも耳の中で語っているようにするのが好きで、あと、しょっちゅうChorusをいろいろな量で使っている。Chorusで得られる揺れと不自然な感覚が好きなの。 かなりドライな状態のままのトラックもいくつかあって、『Tea Rooms』や『‘Dieu Et Mon Droit』とかがそう。声が自分の声に近いからかな。だから、フィルターの数を少なめにしてハッキリさせているし、エフェクトをたくさん使って処理した他の音とコントラストになるようにしている」
『Pastoral』で使われている声は、作品全体の一部にすぎない。等しく意識が吸い寄せられるのが、Bernholzが考え出した全体のサウンドデザインだ。 けばけばしく過度に現代的なドラムマシンやシンセの音を、明らかに前時代的なフルート風のリコーダーや、オーケストラのストリングスによる装飾音と並べて対比しており、奇妙なハーモニーと不協和音に満ちた“中世の未来”のような場所を舞台にしている印象だ。 彼女曰く、この組み合わせは相当意図的だったそうだ。
「最初はサンプリングしたリコーダーでいろいろやってみたり、自分が好きだった古楽の 曲を使って時代の雰囲気を出しながら、2018年に作られた作品としてふさわしいものになるのか試していた。 ほぼサンプリングした音で作業したな。見つけた音だったり、自分で作った音だったり。 あるものは何でも使っている。 このアルバムで絶対に使おうと思っていたのが、安物のちゃちなリコーダー。アルトとソプラノね。あと子供のころからずっと持っているものでしょ。鈴やタンバリンとか、昔からよくあるちょっとした打楽器も使おうと思っていた。
それとは対照的に、Liveのバーチャルインストゥルメントも数種類使ったよ。バロック時代の感じだけど機械っぽさのあるものが欲しかったから、Staccato Fluteをアルペジエーターで鳴らした。 そういうMIDIインストゥルメントに自分で録ったサンプルを入れることもよくやった。そうすれば、少し未完成な感じが出る。 FM Harpsichordを使って、そのうえに何種類かのエフェクトを足したりもした。 アルバムの音に合ういい具合のディレイが搭載されていて、すごくよかった」
サンプルを使って制作する多くのエレクトロニックミュージシャンにあてはまることだが、使う音を決めていく作業は作曲とアレンジの工程に直結する。Bernholzの説明でもそのことがわかる。「このアルバムでは、サンプルをループさせて自然にできるリズムにしたがって他のパートを決めていったと思う。『Folly』、『Throne』、『Mongrel』とかを聞けば、そのことがよくわかるよ。 だから、テンポ、ビート、ベースライン、その他の全パートがしっくりくるのは、うまくループができたと自分が感じたとき。
ドローンでもいろんなことをやるから、音を鳴らしっぱなしにした。 自分の音楽では音程へモジュレーションをかけたり、コードを動かしたりすることはそんなになくて、何よりもテクスチャーとかテンポとかムードなんかを徐々に変えることが多い。 たくさん即興をする結果、そうなるのかも。 たくさんハードウェアを使うことも本当になくて、ずっと使っていて信頼できるKorgのMIDIコントローラーで声を鳴らしてとにかくいろいろと試している」
『Pastoral』は聞いていて耳障りに感じられるかもしれないが、全体的に世界観のまとまりがあり、複数のトラックを集めたものではなく、アルバム作品として明確に構想されている。 Gazelle Twinのビジュアル面とパフォーマンス面での表現を常に意識していたBernholzは、同アルバムの音楽と歌詞を道化師という姿で擬人化して表現するという理想のアイデアを思い付いた。赤色と白色をまとった道化師を、アルバムのアートワーク、ビデオ、ライブパフォーマンスで大々的に起用するというものだ。
たくさんの声、複数の性別、年齢、お約束を具現化するのに、道化師はぴったりのキャラクターだった。 アルバム全体には皮肉と冷笑の気持ちが宿っているから、そこに道化師というキャラクターは欠かせないものだった。最初からね。 アルバムを作り始めたとき、さっき話した日常的な声とか、アルバムを聞いて反応する身体の動きや顔の表情を考えていたら、自分がパペットとかお笑いの芸人みたいに思えてきた。
そこから、色とかサッカーとかが浮かんできて、連想される昔からあるものを考えたの。聖ゲオルギウス十字の赤と白、モリスダンサー、道化師やジョーカーに特有の悪魔っぽさやお茶目な性格とかをね。 宮廷の感じも少しするのがいいと思った。そこにまつわる歴史的な重みも。そういうことの全部が、歌詞、音楽、アートワークで表現していることに関連している。でも『Pastoral』の根底に宿っているのは、今まさに起きている21世紀のイギリスなの」
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