食品まつり a.k.a Foodman:極東ローサウンド
「万人に共通するダンスミュージックの定義が存在しない」。これは、ダンスミュージックで興味深いことのひとつだ。もちろん、ほぼすべての人の共通認識として「少なくとも踊る音楽として機能するように考えられていること」が挙げられるが、ダンスミュージックという領域の境目付近では、さまざまな要素がおぼろげになり、刺激的な可能性が生まれている。そこには、そうした共通認識として考えられているダンスミュージックの機能面を見つめ直すことで、既成概念をくつがえす独創的な活動を行うアーティストが存在している。
極めて特異なサウンドを開拓してきた日本人プロデューサー、食品まつり a.k.a Foodmanもそのひとりだ。フットワーク、ハウス、テクノ、ポップス、アンビエントといったジャンルと表層では類似しているものの、その作品はいずれも彼にしか成しえないサウンドとなる。欧米や食品まつりの地元である日本を拠点とする、実に幅広いレーベルからリリースした音楽をつうじて、近年、彼は音楽スタイルの特異性によって多くの注目を集めるようになった。
食品まつりのトラックは細部まで作り込まれ、多くの場合、複数の要素を明確に対比することで構築されている。しかし、そのサウンドは決して詰め込み過ぎた印象にならない。それは多作のプロデューサーである彼がすばやく作業を行い、もともとの制作アイデアへ手を加え過ぎないように努めているからなのかもしれない。ジューク、フットワーク、ダブステップ、パンクといったジャンルの黎明期に彼が気に入ったのも、この点だ。そんな食品まつりに東京で話を聞いた今回のインタビューでは、制作過程、ライブパフォーマンス、音楽に対するリスナーからの賛否といった話題が語られることになった。
新しいトラックを作り始めるとき、いつも同じやり方で始めていますか? それともいろんなやり方があるんでしょうか?
僕はすぐに飽きちゃうので、なるべく飽きないようにいろんな制作パターンがあります。サンプラーを使って作るときもあれば、Abletonを使って作るときもある。それに飽きたら、スタジオに行ってiPhoneの録音機能でドラムやウクレレや声を録ったりします。それを加工するときもあれば、そのまま使うときもあります。前のアルバム(Orange Milkからリリースされた『Ez Minzoku』)はコンセプトとして似た感じの音を使ったんですけど、それ以前は1枚のアルバムにテクノがあったり、アンビエントがあったり、弾き語りがあったり、ノイズがあったりと、1枚のアルバムにいろんなものを入れていました。飽き性だからいろいろ入れたかった。
確かに『Ez Minzoku』は一貫した均一な印象がありますね。アルバムにはどんなコンセプトがあったんですか?
2011年に初めてフットワークやジュークを聞いて、それまでのダンスミュージックとは違うな、面白いなと思って。ダンスミュージックかどうかっていうのは、正直、そんなに大した問題ではなくて、フットワークを聞いたとき、自分が曲を作り始めたときに遊びで作った曲に少し似ていると思った。すごくプリミティブな要素があって、面白いなって。それで自分なりにコンセプトを考えて、1枚アルバムを作りたいとずっと思っていたんです。『Ez Minzoku』はフットワークをモチーフにしたアルバムだと思われるんですけど、もうひとつのテーマとして“未来のナイヤビンギ”みたいなイメージもあったりします。未来の人がナイヤビンギをやっていたらこういう感じなんじゃないかなって考えていました。あと、超古代文明みたいなイメージがありました。1万年くらい昔に存在していたけど、文明が発達していたみたいな。
提供してくれたサンプリング音源Packも、そのアイデアに関連していますよね?
色々な声を録音して、変調と加工を行ったサンプル素材と、さまざまな音色のパーカッションを収録しました。テーマは「1億年前に滅びた超古代文明、当時演奏されていた楽器と当時の演奏者の歌」です。30種類の音色を用意しています。
音の組み合わせ方がかなり変わっていますよね。
コンビネーションは、いつも大事にしているところですね。普通は上手くいかなそうだなっていう音を組み合わせています。
なるほど。それはコンセプト的にフットワークとつながってそうですね。フットワークでも、そういう変わった組み合わせがありますよね。ただ、最近だとフットワークがどんどん標準化されている気がします。
フットワークの中には直感で作っているかのような粗い曲がいっぱいあって。そういう曲を聞いていると、なんか面白いって感じますね。これとこれを組み合わせたら、ダンスフロアだと絶対ダメそうなのに、そういうのをやっちゃうところが面白さの一つですよね。しかもそれがダンスの曲として成立しているという。どんどん洗練されていく中でそうゆう要素が無くなっていってるものもあるとおもいますが、今後色々な方向に進化していく気もしています。
じゃあ、そういうもともとの良い部分を捉える方法として、サンプルの変わった組み合わせをしているんでしょうか?
僕は音楽の専門的な教育を受けていなくて、音楽を作り始めたときはサンプラーを買ってきて自分で音をサンプリングするっていうところからスタートしているんです。そのころは時間を忘れて8時間でも10時間でも曲を作っていました。そのときの楽しい感じが好きなんです。音楽を人に聞いてもらうことよりも、その楽しさを自分で何度も味わいたいっていう気持ちで制作をしているんですよ。なので一番重要視しているのは自分が楽しいかどうかということ。まずそれがあって、そのあとに人に聞いてもらいたいという気持ちがある。だからそういうプリミティブな感覚にしていかないと自分が楽しめない。
Abletonも含めた音楽テクノロジーというものは、ジャンルやスタイルの持つ特定のアイデアに沿って、サウンドを相性のいい組み合わせでまとめてユーザーに提示するところがあります。でも、そうした変わった組み合わせを見つけるには、自分なりの基準が必要になりますよね。サウンドの組み合わせが自分にとって“使える”と思うのは、どんなときですか?
うーん、なんだろうなぁ。例えば、キックとベースの組み合わせがあって、それはそれですごくいいんですけど、そこでキックの代わりにスネアを入れてみたり、従来のサウンドの役割を入れ替えてみたりしたいんですよね。キックとスネアとハットの役割をすべて入れ替えてみたらどうなるんだろうとか、そういうことばかり考えています。昨日も考えていたんですけど、キックに音階を付けて、それで弾き語りをしたらどうなるんだろうとか。キックを踊るためにしか使っちゃいけないなんて誰も決めていない。自分なりにキックに音階を付けて、それにあわせて歌ってもいいし、ハットをキックみたいに使ってもいい。音源はサンプリング音源のPackでもなんでもいいんですけど、使い方や音の役割を従来とは変えていきたいっていうことが僕の提示したいことですね。
音の組み合わせができたら、どのようにトラックが形になっていきますか?
グリッド上にいろいろ音を並べてみて、そこからは無意識にやっていますね。例えば僕は緑茶が大好きなんですけど、家で緑茶を大量に飲むとカフェインでハイになってきちゃって、その状態でやったりとか。とりあえず自分で良いと思うものになるまで音を鳴らしてみますね。
その作業というのは、もう十分だと思うまで音を重ねていくんでしょうか? それとも音を引いていくんでしょうか? その両方とか?
両方ですね。いっぱい重なっちゃってそこから引いていくこともあれば、最初に音があまり入っていない状態のときもあります。例えば、さっきの『Jazz』は、間をいっぱい取りたいと意識して作った曲なんです。立体的に感じられる音にしたいと思っているんです。シーケンサー上でグリッドに音を置いていくと、それが模様みたいに見えるんです。この音がこっちからきて、あの音があっちからきてっていう感じで、トラックが何かしらの3Dの物体みたいに聞こえて来たら正解と思えるというか。音数は多いときもあれば少ないときもあります。
アレンジメントだと、短いセクションを作ってから、それをコピーしてバリエーションを作っていますか? それとも、ひとつの長いセクションがあって、それを変化させたり、何かを加えたりしているんでしょうか?
両方のやり方ですね。『Jazz』だと、2分間のセクションでグリッドに音を置いていって、そのあとにコピーしてバリエーションを作っていきました。別の曲では8小節のループを作って、それをコピーしてバリエーションを作っていくパターンもあります。でも、『Jazz』の場合は、ひとつずつ音を置いていかないといけないので、ちょっと面倒くさい。なので、短いループをもとにしてバリエーションを作っていくことの方が多いですね。『Ez Minzoku』には、Electribe1台で作っている曲もあれば、Abletonだけで作っている曲もあるし、そのふたつを組み合わせて作ったものもあります。
多くの音楽制作者にとって、「何をもってトラックが完成したと判断すればいいのか分からない」という難問があります。どうやってトラックが完成したと判断していますか?
あまり1曲に時間をかけたくないと思うことが多いので、パッと聞いて感覚的にこれでいいと思えば完成にしています。完成したと思ったら、なるべく聞き返さない。聞き返すと、気になるところが出てきますけど、聞き返さなければ、忘れちゃって、そのまま次の曲に取りかかれますから(笑)。耳も疲れてくるし、その日の体調とか精神状態によって聞こえ方も変わってくる。音楽には正解が無いですよね。『Jazz』だと、聞く人によっては完成した曲だと思わないだろうし。以前、「これ、作っている途中の曲ですか?」って言われたことがありましたよ。
あはは。
音楽って他の芸術と違って形が無いと思うんです。だから、同じ音を聞いていても、他の人には全く違って聞こえているんじゃないかと。だから、何が正解なのか考え過ぎても意味が無い気がしてきたんですよね。
ライブをするときは、スタジオの状況と同じようにやっていますか? それとも違うセッティングやアプローチにしているんでしょうか?
ライブだと少しセッティングを変えていますね。最近だと、Abletonが入ったMacとElectribeを使っています。それをMIDIコントローラーで操作している。
スタジオで作ったトラックやリリースしたトラックを再現しているんでしょうか? それとも、観客の前で新しいトラックを即興で作っているんでしょうか?
コンビネーションでやっていますね。リリースした曲は1割くらい。残りの9割はライブ用として前々日くらいに作った曲です。6~7割の完成度にしておいて、会場で音を抜き差ししたり、エフェクトをかけたり、Electribeを使ってその場で録音したものを弾いてみたり。テンポも上げたり下げたりしていますね。ライブでは1~2曲くらいしかリリースした曲を使わないです。リリースした曲をライブでやるときは、再生して少しエフェクトをかけるくらいです。基本的にはライブ用に自宅で準備したものを使っています。
最近はヨーロッパや北アメリカでたくさんライブをしていますよね。いろんな観客の反応をどう感じていますか?
場所によって結構違いますね。ヨーロッパみたいなエレクトロニック音楽の大きいシーンがある場所は色々な反応があります。すごく盛り上がることもあるし。シンプルにダンスミュージックを期待して僕のライブを聞きに来ると、「ダンスミュージックじゃないじゃん」って戸惑っちゃう人もいると思う。アメリカはDIYなカセットレーベルのパーティーなど小規模なんですが、お客さんが作る側の人も多くてみんなすごく真剣に聴いている印象ですね。
Good EnuffがSoundcloudへアップした食品まつりのトラックにコメントがされていて、面白かったです。すごく気に入っている人もいれば、「これって音楽なの?」っていう人もいました。
そうなんですよ。いいって言う人と、「早くこいつやめさせろ」みたいな人もいましたね(笑)。Boiler Roomもそんな感じで、いいって言う人と、「クソだ」って言う人がいました。いろんな意見があるんだなって思いましたね。ダンスミュージックを好きな人がああいうのを聞くと「なんだ?」ってなるし。僕はそのことをあまりネガティブに考えていなくて、いろんな意見があって面白いなと思っています。
肯定的な意見と否定的な意見をしっかりと持っているオーディエンスがそれぞれいるときは、いいことができているってことだと思います。系統の違うレーベルから作品をリリースしているのも面白いですね。Orange Milkは小規模でカセットテープ作品の制作やBandcampの運営をやっていて、かなり尖った音楽観を持っています。一方、Good EnuffはDiploの運営するMad Decentのサブレーベルで、もっと商業的な方向にある印象です。このふたつのレーベル両方に関わっているアーティストは他にいないんじゃないでしょうか。
Good Enuffから話がきたときは、どこで僕みたいなヤツの音楽を聞いたんだろうって疑問に思いましたね。Good Enuffからああいう曲が出て、戸惑っている人がいるかもしれないですけど、Good Enuffは彼らの実験なので、自分的にはつじつまが合っている。僕自身の音楽の趣味は広く浅くで、ポップスも聞くし、エクスペリメンタルなものも聞くし、別にジャンルで好き嫌いは無い。だから振り切ったことをやるのはすごく楽しい。
日本に同じような考えを持っている人たちはいますか? 自分のことをその一部だと思いますか?
Orange Milkのレーベルメイトが日本人でいますね。レーベルは同じですけど、やっていることは結構違います。ポップス的なものも、エクスペリメンタルなものも同列に考えられる人が結構いますね。地元の名古屋でずっとイベントをやっていて、そこの仲間たちは似た考えを持っている。15年くらい前に初めて自分でイベントをやりはじめたときから、フォークのアーティストがいて、ノイズのアーティストがいて、テクノのアーティストがいて、トランスのアーティストがいるっていうのをやっていて、ジャンル分けしない感じでずっとやってきました。
音楽スタイルで区別しない考えは日本だと普通なんでしょうか? もしくは特殊ですか? 欧米だと結構特殊だと思いますね。
ヨーロッパではエレクトロニックミュージックのシーンが大きいぶん、やっている人も多いから、ひとつのスタイルでも人が集まるんですけど、日本の特に地方都市ではよくあることで、やっている人たちがそんなにいないから、何かイベントをやろうとするといろんな人がゴチャゴチャに集まっちゃうんですよね。
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