ermhoi:陶酔をもたらす声の即興ライブエフェクト術
現在のテクノロジーをひとつ土台に、シンガーであったり、プロデューサーであったりと、さまざまな活動や表現をシームレスに行き来し、サウンドを生み出しているアーティスト、ermhoi(エルムホイ)。ソロでの活動のほかに、小林うてなとジュリア・ショートリードのふたりとともに2018年に結成したBlack Boboiや、常田大希率いるmillennium paradeでその名前を発見したという人もいるかもしれない。また最近では山本英夫のマンガを原作とした映画『ホムンクルス』の劇中音楽も手がけている。
学生時代に知人からプレゼントされたMIDIキーボードにバンドルされたAbleton Liveによって、本格的にDAWにのめり込んだというermhoiは、いまではLiveを自身の音楽表現の中心に据えている模様だ。2021年3月24日にDOMMUNEで、Live 11のリリースを記念して行われた「Live in Session by Ableton」での卓越したソロ・ライブパフォーマンスや、前述の『ホムンクルス』の劇中音楽も、Liveで生み出したものだという。その声、そしてLiveによるトータルなサウンドメイキングから生まれる自身の作品やコラボレーションをはじめ、Black Boboiのバンドメンバーとしての共同制作、さらにはmillennium paradeでの「歌」と歌詞を担うシンガーというそれぞれ違った環境で、ermhoiの才能が発揮されていると言えるだろう。
本インタビューでは、ソロのライブパフォーマンスにおけるLiveの使用方法を皮切りに、そのセッティングや曲作り、さらにはバンドとしてのBlack Boboiの制作方法などについて話を聞いた。そこからは、その音楽活動全般における彼女とDAWの関係性が垣間見られる。さらに、本人が作成してくれたボーカル即興用Packもダウンロードできるので、ermhoiならではのライブパフォーマンス術をぜひ実感してみてほしい。
ermhoiの作成したボーカルエフェクト用Packをダウンロードする
※使用するには、Live 11 Suiteか無償体験版が必要になります。Packの使用方法については、こちらのページで確認することができます。
今回は主にライブパフォーマンスについてのインタビューになるんですが、まずは現在のソロプロジェクトでライブをするときのベーシックなセッティングを教えてください。
まずPCにAbleton Liveが立ち上がっていて、そこへ自分の声をマイクからオーディオインターフェイス経由で入力しています。MIDIコントローラとしては、Akai(Professional)のMIDImixをよく使っていて、Liveのエフェクトやボリュームのパラメータにアサインしてあります。あとは古い型の(Novation)LaunchPadも使っていて、そっちは声を加工するLiveの機能にアサインしてあります。なので手元で操作することで、オーディオインターフェイスから取り込んだ自分の声に、ループ、再生、倍速、リバースなどの処理を適用できるようになっています。さらにハードウェアのシンセを足すこともあって、その音を使ったり、MIDIキーボードとして使ってLive内の音源を鳴らしたりすることもありますね。これがミニマムなスタイルで、ここにハードウェアのエフェクターを足すこともありますけど、基本的にはLive内で完結するようにしています。自分が音楽の内容に集中して表現できるかってことと、いかにセッティングや機材に慣れた状態で反射的にパフォーマンスできるのかということが大事だと思っていて、だから使い慣れた以前のLaunchPadを使っています。あえて古い型を買うこともあるぐらい。
“反射的”ということで言えば、ライブの即興性みたいなものは割合的にどの程度、というのは決まっていますか?
完全にソロでやる演奏だと、「この部分は繰り返そう」みたいな感じでアレンジして構成を変えることはありますね。いまそういうことをやる余白は全体の2割かな。その2割は、「このぐらいにしよう」ととくに意識したわけではなく、経験的なものです。一時期は事前にその余白を半分ぐらい用意して、残りはステージ上でやるという感覚でした。だけど、誰かとセッションするのではなくて、楽曲をやるライブのときだと、わたしはあくまでもポップミュージックをやろうとしているので、お客さんを不安にさせる瞬間があるのは嫌だな、ちゃんと自分が作ってきたアイデアは伝えたい。でも生きた実験性も同時に大事だと思っているんです。そこで2割という感じですね。
ベーシストの方とかと一緒に演奏するときは、構成を大きく変えるようなアレンジはやりませんね。基本的にライブではクリックを渡して演奏してもらっています。わたしはお客さんにとって音が鳴るまで次の展開がわからない、そういう驚きのあるライブにしたくて。たとえばライブ中にステージ上でアレンジすると、どうしても演奏者同士のアイコンタクトとかが生まれます。それは「次に何か来る」と展開があることをお客さんに伝えてしまうことでもあると思うんですよ。だからそれがわからないように、曲が変わるときとか、かなりテンポが変わるときとかは、クリックのなかにかなりわかりやすいサインを入れて、クリックだけで気づけるようにしていますね。アーティスト同士のコミュニケーションで、「曲が変わる」とか「展開しそう」とか、お客さんに情報を与えて身構えさせてしまうよりも、音だけで空間をコントロールしたいですね。
序盤に使われる声を基調にして制作された“I'll Never”。
ソロのライブで印象的だったパフォーマンスってありますか?
3~4年前に小バコでやったライブなんですが、サンプルを並べてビートを加えていってエネルギーが温まっていくような展開を意図してやったら、うまくいったんですよ。演奏のエネルギーが高まるにつれてお客さんが踊って叫んでくれました。この上ないよろこびでしたね。「この感覚のためにライブをやっているんだな」と確認できた感じでした。でも、ひとりで音を流しながら歌っていると、なかなかそうなるのは構成的に難しいんですよね。シンガーのパフォーマンスは「わたしを見て」って感じに見えてしまいがちなので。だからビートを主体にするとか、自分の声も楽器のひとつとして使って、音楽でエクスペリメンタルな表現をすることで空間をコントロールしたいなって思いますね。
さきほどの即興性の話で出てきた“ポップミュージック”という言葉とともに、ライブ自体をひとつのコミュニケーションとして捉えているという印象を受けます。
そうですね。コロナ以降、人前での演奏の機会が少なくなって、さらに切実に感じています。やっぱりオーディエンスがいなくて、カメラの向こう側の人を想像してパフォーマンスするのは難しいですね。でも、それと同時に、とにかく自分の感覚を信じるのが大事なんだなと改めて思う機会でもありました。人の反応を気にしてパフォーマンスするのは、自分をすり減らすことだと思うので。まずは自分自身を信じて、自分を楽しませないと。その感覚をオーディエンスも共有できるだろうって楽観視するというか。
ライブに限らず、曲作りのときのスタート地点になるものって決まってるんですか?
とくに決まってはいませんが、基本的には、持ってきたサンプルを加工するとか、ピアノで弾いたフレーズとコードとか、なにげなく作ってみたビートとか、そういった断片の感触に対してベースをのせたり、装飾的にシンセをかぶせたり、DAWで歌を重ねていったりすることで楽曲ができていきます。唯一やらないのは、歌先行。基本的にはトラックを作ってから、そこへ歌がのってくるという感じですね。
ライブパフォーマンスのときにサンプルをたくさん並べて組み合わせて、その中でよかったやつを取っておいて、それを長いループにして曲にしていくこともあるし、LiveのLooperにはループにした音をサンプルとして書き出す機能があって、そのサンプルが主体となって歌が生まれることもあります。そうやって偶然できた素材とか、実験のなかで曲作りのアイデアを見つけるというのが多いかもしれません。
Liveだと、とにかく直感的に操作できます。音の加工もスムーズで直感的に操作できるし、インスピレーションをじかに出せます。ほかのDAWと思考の仕方が違うモノという感じがしますね。一時期は「Liveっぽい音になる」と言う話がありましたが、今はそう思うようなことはないです。
ライブパフォーマンスのときだと、リアルタイムで自分の声をかなり加工しているので、Live自体をエフェクトとして使っている感覚が強いです。声にエフェクトをかけたり、ビートや楽器の音もひっくるめて加工したりして、素材として再生しています。
あと、セッションビューでたくさんサンプルを並べてパズルみたいに組み合わせて、本当にその場の判断でいじることができるので、その即興性への対応力がライブパフォーマンスですごく活きるというか。それはどちらかというと、楽曲をプレイするときよりも、さっき言った即興ライブ的なスタンスのときですね。セッションビューはサンプラーみたいなノリで使える。
セッションビューで声を加工したり、サンプルを鳴らしたりという話があったんですが、そのときのよく使うエフェクトってありますか? ルーティンとか。
ボーカル用の設定だと、マイクからLiveに入ってきた声へ、まずEQをかけています。このEQは、会場やマイクによって微調整するためのものですね。EQのあとにコンプも入れているんですけどあまり使ってないかな。次にLooperをふたつ並べて、一方のループをさらに加工してループさせるという使い方をしています。そのあとはリバーブをいくつかつないでいて、Native InstrumentsのRaumと、LiveのReverbもよく使いますね。さらにここへHybrid ReverbとかSpectral Resonatorも足そうかなと思ってます。そのあとはピンポンディレイを入れたり、リバーブをまた入れたり、ディストーション系のエフェクトを入れたりといった感じですね。
声以外のものには、昔、フリーで見つけたMilan Wulfていう人のLiveセットがあって、それをカスタマイズして使っています。Reduxとか、Reverbとか、Beat Repeatとか、Gateとかが入っていて、8ビットにしたり、カットオフしたり、ピッチを下げたり、ラジオっぽい音にしたりって感じで、ツマミを回して音を変えていますね。
Black Boboiが2020年11月に発表したファーストアルバム『Silk』。
ここ数年はソロとともにBlack Boboiとしてのライブ活動のスケールがドンドン拡大しています。ソロとのライブの違いを聞いていきたいんですが、共通して使っているDAWはあるんですか?
ジュリアさんとわたしがLive、小林うてなさんがLogicですね。楽曲制作のときは、シンプルなデモを持ち寄って、それをみんなに回して音を入れていきながら完成させていていくという作り方です。DAWが違うので、作業ごとにパラデータやMIDIデータを書き出して、それぞれでいじってアレンジしています。だいぶ仕上がってきたら、最終的にミックスの作業を小林さんがやっています。小林さんはすごく耳がいいので。全員Abletonだったら制作データをPackにして共有できるので楽なんですが、逆にそうじゃないことによって違う視点が生まれるというのもあるのでおもしろいんですよね。Boboiではテンポの同期をやってないんですよ。以前はわたしがLiveのArpeggiatorで音を鳴らして、それに合わせる楽曲もあったんですが、最近はやっていないです。
思ったよりも“バンド”な演奏なんですね、その編成のなかで役割とかあるんでしょうか?
時期によって変わるんですけど、基本的にはわたしがシンセベースを弾いたり、伴奏系のシンセを弾いたりする役割が多い気がします。小林さんがウワモノのシンセとスティールパン。ジュリアさんはギターとウワモノのシンセという感じです。割り振りは同じ曲でも時期によって変わったり、取り入れた機材によって変わったりするので固定ではないんですけどね。ライブパフォーマンスだとジュリアさんはコンピュータを使わず、ギターとシンセとサンプラーを演奏します。なのでステージ上にあるのは、主に音源用として使うわたしのPCと、メインでトラックを再生する小林さんのPCの2台ですね。
作った楽曲をいざライブ用に解体してみて「ここは演奏しよう、こっちはシーケンスで」って振り分ける作業をすることが多いです。ほぼ生演奏が元になっている曲もあって、それはそのまま演奏しています。
最後に。制作で行き詰まったとき、そこから抜け出るために行っている儀式みたいなものってありますか?
曲を作っているという体勢に没入しているときはいいんですが、行き詰まるというのは、そこに飽きるということじゃないかなと思うんです。だからそういうときは「今日はここまでだな。明日はたぶん大丈夫」ってファイルを閉じる。締め切りがある楽曲だとちょっと難しいかもしれないですけど、締め切りのある依頼ってわりと構想が決まっているものが多いので、そうはならないというか。行き詰まっているときに無理に続けてもあまりいいものは出てこないと思っています。これはシンプルですけど大事ですね。
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文/インタビュー:Yusuke Kawamura
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