Braids:日食と超新星
「本当だったら今日はツアーの最中だったんだ。全部が予定どおりに進んでたらね」と、インタビューの始めにBraidsのAustin Tuftsは言った。 Tufts、そしてBraidsの残りのメンバーであるRaphaelle Standell-PrestonとTaylor Smithの3人は、モントリオールのスタジオで一緒に世間から隔離しているところだった。3人と話をしていて明らかだったのは、現状の中で前向きでいようとしていたことだ。 「とても長い時間を与えられたよ」と、Austinは続ける。
時間をかけて、世界中の多くの人たちと同じように、隔離とソーシャルディスタンスという新たな現実を受け入れたBraidsは、ふたたび音楽制作のことを考えるようになった。 「すぐに制作意欲が湧いたってわけじゃない」と、Tuftsは説明する。 「すごく重々しく感じるんだよ。 地下壕みたいなスタジオがあるのは、僕らにとってはラッキーだった。 ドアを閉めれば、外のことをほんの少し忘れることができるから」
隔離中には、Braidsにとって4枚目のアルバムであり、レーベルSecret Cityにとっては初のアルバムとなる『Shadow Offering』が2020年6月にリリースされた。 『Shadow Offering』は、空間、物語、感情に焦点を当てたアヴァンポップの華やかな作品だ。 Radioheadのエレクトロニック・ピアノのマイナーコード、Blue Hawaiiの心地よい音の渦巻き、そしてChairliftの明るいエレクトロニック・ポップの間に位置する場所でBraidsが提供したのは、恍惚と踊ることができて、ソファでまったりこともできる“ヘッドフォン・マスターピース”だ。
そんなBraidsにとって、作曲、制作、パフォーマンスの中心になっているのがLiveであるということで、今回、3人にインタビューを行った。インタビューでは、歌詞に表れた突然の影響や、Operatorをハードウェアシンセのように扱う方法のほか、『Shadow Offering』をパフォーマンス用に作り変える模様などについて話を聞くことができた。
Braidsが設定したOperator「Shadow Offering」をダウンロードする
*Operatorを利用するには、Live 10 Suiteが必要になります。ダウンロードしたLiveセットを開いてチェーンセレクトルーラを変更すると、異なる設定のOperatorに切り替わります。
シャットダウンで、どんな状況になっていますか? ストレスがたまるこういう時期だと、創造性を発揮するのは難しいんじゃないでしょうか。
Austin Tuft: いい効果と悪い効果があった感じかな。 とても長い時間を与えられたよ。本当だったら今日はツアーの最中だったんだ。全部が予定どおりに進んでたらね。 ライブリハーサルに向けて準備していて、それに焦点を合わせて自分たちの全部の時間を費やしていたから、猪突猛進って感じだった。そうしたら急にコースを変更しなきゃいけなくなったっていう。
音楽制作のことを考えるようになるまででさえ、しばらく時間がかかったよね。1週間とか。インタビューだったり、SNSの運営だったり、アルバムやライブの宣伝だったり、そういう周囲とのやり取りに時間を使っていたのに、 突然それを変えないといけなくなって……。何ていうか夢を見ているような気持ちになった。まったく違う服を着るのに近い。
あと、一緒に制作する時間を一度にたくさん与えられたということにも対処しようとした。 でも、これも同じで、すぐに制作意欲が湧いたってわけじゃない。 すごく重々しく感じるんだよ。 地下壕みたいなスタジオがあるのは、僕らにとってはラッキーだった。ドアを閉めれば、外のことをほんの少し忘れることができるから。
Taylor Smith:もともと僕らは、ずっと一緒にいることに慣れていて、人と交流するのは、ほぼそのときだけ。 僕ら3人だけだよ。 僕らはラッキーなんだよね。安全に来ることのできる、こういう隔離された場所があるんだから。 この世の終わりみたいなことを言っても聞いてくれる人がいるっていうのはいいよ。「大丈夫。一緒に乗り越えようよ。 一緒に乗り越えよう。 大丈夫? うん、 いいね、 いいね。 音楽を作ろうよ」みたいな感じでさ。それはすごく救いになる。
スタジオでの制作工程にはLiveをどのように取り入れていますか?
Taylor:ある意味、常に変化しているかな。 今とか、ここ数週間は、どういうふうにやろうかっていうことが、このアルバムを作っていたときとは少し変わっているかも。 なので、アルバムを作っていたときの作業で一番大事だったことに集中しようと思うね。
僕らはこの10年間、Liveのヘビーユーザーなんだ。 最初はLogicだったけど、随分前にLiveへ移行した。 僕らにとって、このアルバムだと、そのことが重要なパズルのピースになっている。 主に僕なんだけど、Liveをパフォーマンスの楽器として使っていて、 Austinはドラムを叩いて、Raph(Raphaelle)が歌う。 ジャムセッションのときは、だいたいRaphが歌いながらギターも弾いて、Austinがドラムを叩いて、僕がLiveを生楽器として使って、シーケンス、サンプリング、サウンドデザインとかをしている。ライブバンドによくある楽器みたいにLiveを取り入れているよ。
今回のアルバムではメインのDAWとしてLiveを使った。録音してデモを作ったし、全部の編集をやった。言ってしまえば、曲を実際にまとめていくうえで、メインの作曲ツールだったね。
Raphaelleは歌詞を書くときに、音楽も一緒に作った方がやりやすいですか? それとも、どちらかを先に書いていますか?
Raphaelle Standell-Preston:そういうこと全部かな。 わたしは文章を書くことに関してはすごく直感的で、聞いていることややっていることに反応しやすいほうだと思う。 ひとりで、たくさん書くよ。 たまにでたらめに歌って、そこから出てきた言葉を聞いて、それを基にして詩を書いたりする。 “Eclipse”(日食/月食という意味)なんかもそう。2017年に皆既日食を見にモントリオールの採石場に行ったのね。 普段は作詞するのが、ものすごく速いよ。
(メンバーを見ながら)わたしの作詞が速いことをChrisは何て言ってたっけ?
(※Chrisとは、『Shadow Offering』のプロデューサーChris Wallaのこと)
Austin:「超新星」
Raphaelle:そうそう。 わたしはちょっとした超新星なの。 速く燃えて煌々と燃える、みたいな。 わたしは、その瞬間をとらえるだけでいい。 だから、自分の作詞作業をそうやって表現すると思う。超新星だって。
Austin:そうだね。 正直に言って、その傍らで一緒に制作するのは、すごく刺激的なことだよ。ちょっとしたアイデアとか何かしらをTaylorと僕が互いに出し合ってためておけば、「よし。これはこんな感じだから、いい感じになったときにRaphに持っていけばいいよね」ってできるから。
そこからは、本当に電光石火だよ。 再生ボタンさえ押さなくていいくらいだから。座ることもないし、コードを弾くこともないし、ビートを叩くこともない。トラックひとつ分の録音があればいいだけなんだ。Raphはそれを聞いた瞬間に、アイデアとかフレーズとかメロディーとかを次々と考え出して、それが何かしらの言葉に変化していって、次第に美しい詩になっていく。
Raphaelle:そして、それがコードチェンジになっていくの。
Austin:あと実を言うと、Abletonには感謝です。何でも作れて、同時に即行で録音できて、流れを止める必要がないソフトウェアを生み出してくれて。 何ていうか、ものすごいね!
“Eclipse”の話だと、曲のごちゃまぜ感がおもしろいです。 ハンマーの叩く音まで聞こえるピアノとか、すごく生身な音があるかと思えば、 リバーブのみずみずしい残響を反転させた音もありますよね。静かになる場面だと、彼方へ消えていくのが本当によく聞こえます。 録音でどうやって音のバランスを取ったのか興味があります。
Taylor:"Eclipse"は、このアルバムのミックスを担当したMike Davisに対して感謝の気持ちを込めて制作した。 僕らはMikeと一緒に1か月を過ごしたんだ。共同で制作したChrisも一緒にね。
Austin:Mikeは全体のエンジニアをしてくれたんだ。
Taylor:そうそう。 プロジェクトや曲だったものを、僕らの目指すものに変えるのに、Mikeは間違いなくうってつけの人だった。楽しんで受け入れてくれて、それを何重もの視点からかたちにしてくれるし、それを曲全体でやって、すごく勢いの出る場面展開を作ってくれた。
曲の発端から見ていくと、そのときはスタジオに2台のピアノがあって、部屋の反対側でAustinと僕が数時間ほどリフみたいなものを演奏していたんだ。まったく自由にペダルを踏み続けて、そのサステインの感じを楽しんでいただけ。 とくに、ここにあった1910年製のピアノがよかった。 大きな獣のような、すごく背の高いアップライトピアノで、とても古い弦が張ってあった。
音もすごく大きくて、大広間とかにありそうなやつで、大部屋の人たちに聞かせるためのピアノみたいな。 響きも良くて、独特で、やばい音だった。 最終的に、そのピアノをレコーディングで使ったんだ。アルバム全部でね。 でも、そこへ意図的に何度も何度も重ねて、ある意味、今っぽいギター主導のロックな曲と一緒に、作り込んだアンビエントミュージック作品を鳴らしているみたいな感じにしたんだ。
そしてMikeは、それが全部うまく収まるようにしてくれたんだよね!
Chris Walla(元Death Cab for Cutieのギタリスト/ソングライター)との作業はどうでしたか?
Taylor:Chrisの感情的な直感はすばらしいね。 とても自然に提案したり、やわらかく主張したりすることができる人。 このアルバムを制作するにあたって、僕たちが書いていたアンサンブルのことを、かなりきっちりと考えてくれていた。
「曲では、ポリフォニックシンセサイザー1台とピアノ1台を使う。ギター2本、ドラム、ボーカル、もしかしたらオルガンも使うかも。それが僕らの世界だ」とか、「これが、僕らの作曲で対象にしている人たち」って感じで僕らは考えていたから、いつもギター2本のパートを書いているだけみたいな。そこで線を描いているだけみたいな感じだった。 そこへChrisは「ギター1本でやってみない?」って言ってくる。そんなふうにしようなんて自分たちでは考えたこともなかった。
そのときは、僕たちが作ろうと思っていたアルバムのイメージから離れられなくて、感情的になっていたね。 電車や車を逃してたまるか、みたいな。「あ、これいいね。いけそう」なんて思っていたら、それはどこかへ行ってしまって、僕らは違うものを作っているっていうか。
Austin:そうなんだよ。Chrisは、ひとりひとりがイメージしていたものにたどり着けるようにしてくれたんだ。各自のバージョンにね。それぞれ独自で聞きたいものの個別バージョンなんだ。単に集団のバージョンってわけじゃない。
それってすごいよね。常にグループで意見を一致させなきゃいけなくなっちゃうと、内容の薄いものになってしまうから。 もしくは「これがいい!」って強く言って、みんなが何も言えなかったら、それを許してあげなきゃいけない。 だから、あれはすごくよかったよ。
RaphとChrisがボーカルをトラックに録音しているときがあって、ハーモニーのパートみたいなやつなんだけど、 僕は「いや、このアルバムでは、ボーカルのハーモニーや二重奏をいれることになってないよ。 これは、独奏の声のアルバムなんだから。 僕はRaphの歌っている声が聞きたいんだ。どういう感じかっていうと……」みたいになってさ。
Raphaelle:でも、わたしは「嫌だ!」って。
Austin:で、Chrisが「Raph、別のハーモニーをやってみる?」って言って、Raphは「いいね!」って。それで、ふたりはたくさんのハーモニーを積み重ねていたよ、12個とか。 それで僕は、トラッキングルームですごくことになっちゃってさ(笑)
Raphaelle:すごく怒っていたよね。
Austin:ヘッドフォンを付けたまま、とにかくもう「ここには居られない」って考えていて、それで出ていったんだ。 「こんなんじゃない! 今作っているのは、僕がみんなで作ろうと考えていたアルバムじゃない」って思ったよ。それが翌日に戻って聞いてみら、「すごくいい、美しい」ってなったんだ。
Raphaelle:“Young Buck”では、ボーカルのレイヤーがたくさんあるよ。 “Young Buck”は、8レイヤーかな。全部を詰め込んでいる。
Taylor、このアルバムではOperatorがかなり多用されているって、以前に言ってましたよね。 いくつか詳しく教えてもらえますか?
Taylor:僕らの作品の多くでOperatorを使っているよ。 今回は、さっき話したようなテーマをやりたかったし、パフォーマンスもやりたかった。“ライブ”と“室内”を感じるものをやりたくて、粗削りで、オートメーションを使っている印象や冗長さは抑えたかったんだ。 そこで、“Operatorのハードウェアが存在していたら”って感じのものを構築してみたんだ。アルバムで使う音を意識的に選ぶっていう考えにもかみ合うものだったよ。 曲作りの最初の段階で、どの音にするかについては、すごく厳しくやっていた。
どの曲でも、Operatorを1度は必ず使ったね。 あの曲には、これとかあれのピアノの音が必要だなとか、楽器やシンセともう少し感情的なつながりを持たせたいなとかって感じで使ったよ。
MIDIコントローラを設定していたんだけど、新しい曲を立ち上げてジャムセッションを一緒にやろうとするときは、毎回、Operatorを用意してノートをいくつか打ち込んでいたから、MIDIコントローラのどのノブがフィルターなのか覚えたよ。 これはアタックだ、リリースだ、ディケイだ、って感じで何でもわかった。それでOperatorを使いこめば、ソフトシンセやソフトウェアならではの自由度と柔軟性をすべて得られる。でも、もっとハードウェアのシンセ的な関係に近くて、毎回、一貫している印象なんだ。
それが実際にどういう結果になったのかを音の観点から見ると、このアルバムの全収録曲で基盤になるシンセの演奏を、全部Operatorでやっていたんだ。 “Eclipse”ではピアノの旋律を真似ているし、 “Young Buck”ではアルペジオのささやかなシーケンス。“Snow Angel"も同じく、アルペジオのささやかなシーケンス。 “Just Let Me”と“Note to Self”では、ずっと鳴っているコードが大きく膨らんでいくんだけど、あれも全部Operator。
僕の担当はほぼそんな感じかな。Raphはボーカルでギターも弾いている。 Austinは、ドラム担当。 今回のアルバムでの僕は、シンセ担当。 それと並行して、ピアノのサンプルを切り分けたり、さっき話したこととかも諸々やったりしたけど、根底にあるのは、このシンセのこのバージョンなんだ。このシンセを2年がかりで使いこんで、アルバムを作るまでになった。どのパラメータが自分の求めるパラメータなのかをよく考えたし、曲が変わっても、それを必ず継続するようにしたよ。 毎回、そういう一貫性を培ったんだ。新領域を掘り下げられるくらいにね。
スタジオで作品を完成させるときと、それをライブでやるツアーに臨むときとでは、どんなふうに作り変えていますか?
Taylor:僕にとっては、それは間違いなく大きな任務だね。 楽器編成やスタッフの性質上、普段、ライブで演奏するときは、僕たち3人だけなんだ。 将来的には、いろいろ試してみたいけど、 今のところは、それがよくある編成。 Raphaelleは、歌ってギターを弾き、Austinは歌ってドラムを叩く。 で、その間にあるもの全部をどうするか考えるのが、僕の領域になる。 これまで作品ごとに求められることが違うから、結果として、作業で使う機材も変わる。
大抵の場合は、作品が完成してから、その曲をライブでどうやって演奏するかを考え始めるけど、少なくとも僕らだと、どんなふうになるのか試してみる時間が長くなる。 サンプル主体にしようかな、 シーケンスを組もうかな、って考えるんだ。
パソコンを持っていなかったころにライブをしたことがあって、 ギター、ドラム、ボーカル、テクスチャーの担当とか、そんな感じだった。 だから、シーケンスとか、そういうものはなかった。 その場でループを作るとか、そういうことをやっていたんだ。 これまでにパソコンを使ったアルバムを制作したことはあるけど、シーケンサーは走らせていなくて、基本的に、ただの大きなサンプラーとして使っていた。 今回のアルバムだと、シーケンスの要素を多くして、同時に、自分たちの持ち味を出すにはどうすればいいか試してみたんだ。シーケンスを組んでいるけど、柔軟性は引き続きあるからね。 引き続きライブすることができるし、 ステージでお互いに音楽的に会話することができるんだ。
進行の観点から見たら、数カ月かけて何曲かを装飾していく感じかな。それで、どんな感じになるのかわかったら、次は違う感じで装飾して、どんなふうになるのかやってみる。いろんな要素を取り入れて、形式というか枠みたいなものを探すんだ。音楽がうまく収まって、さっき言ったみたいに、ステージで音楽的な会話ができるような枠をね。それでいて、視覚的にどこか魅力的で、観客の視点で見て楽しめて、音楽的に意味をなすものにするんだ。
Austin:ライブで技術的なことに3人が圧倒されるんじゃなくて、演奏者やミュージシャンとして、その瞬間にいられるようなものだよね。テクニシャンとしてではない。
ライブでもアルバムと同じ音を聞かせようと必死になって、ライブで演奏するということを妥協していた時期があったよ。実質、4~5人が機械の歯車みたいな感じになっちゃってたからね。 その場でループを作ったりすることに躍起になっていたね。 すごくかっこよかったし、すごくおもしろかったよ。 どんな機材でライブをしているのかを明かすのは、Abletonの読者にとって興味深いことだよね。
僕らのライブは今のやり方が、一番人間らしくて、音楽的で、表現力に富んでいる。 Raphaelleと僕はラッキーだよ。僕らの担当は、全部、演奏するパートだから。ボーカル、ギター、ドラムとか、1対1の関係のものでしょ。何にも機械や装置が関わっていない。 今のライブのやり方は、プロデューサー、ミュージシャン、エレクトロニックミュージシャンとして、Taylorが手腕を発揮できるものなんだ。すごく楽しいよ。
Braidsの最新情報をフォロー:ウェブサイト|Facebook|Bandcamp.
文/インタビュー:David Abravanel