Aalko aka Akiko Kiyama:テクノを越えて
新たな方向性を打ち出すことは、あらゆる音楽制作者にとって試練となる。もし特定のシーンで既に名を上げている人であれば、この試練はことさらに難しくなるものだ。長年の懸命な活動をつうじて獲得してきたファンたちに新たな方向性を誤解されるかもしれない(さらに言えば、拒絶されるかもしれない)という恐れは、簡単に乗り越えられるものではない。この難題の回答を模索するため、今回は東京に赴き、ひとりのプロデューサーに話を聞いた。Akiko Kiyamaだ。
過去10数年にわたり、Kiyamaは力強くなめらかなミニマルテクノを着々とリリースしながら自身の存在を確立。そのリリースの多くはRichie HawtinやRicardo VillalobosらのDJセットやミックスに頻出した。しかし、それと同時にKiyamaのリスナーとしての興味、そして、音楽制作者としての興味はクラブの範疇を越えたところに及んでいた。その結果として誕生することになったのが先日リリースされた「No Man Is An Island」- 彼女の新たなプロジェクト、Aalkoのファーストアルバムである。
テクノのルールから明らかに逸脱したアルバムではあるが、「No Man Is An Island」ではKiyamaのクラブ仕込みの制作技術が引き続き披露されているほか、意外なサウンドとテクスチャーを織り交ぜてリスナーの意識を引き付ける彼女らしい嗜好がうかがえる。Kiyamaとのインタビューでは(インタビュー中は"アキコサン"と呼ばせてもらった)、音楽観や技術面に加えてパーソナルな側面からも、彼女のキャリアの中でこの場所にたどり着いた理由とその背景について語ってもらった。
このニューアルバムはAalko名義で発表されていて、これまでとは違うスタイルを展開していこうとするものですが、どんな経緯でそうなったんでしょうか?
自分の制作に対してすごく正直になりたかったんだと思います。自分のやりたかったことに素直になりたかった。Aalkoは新しいプロジェクトではあるんですけど、これといったコンセプトがあるわけではなくて、テクノでやっていることの副産物みたいなものなのかと。強いて言うなら、それがコンセプトですね。何かに限定されていないから、どのタイプの音楽にもカテゴライズしにくいっていう。要するに、Aalkoは私が今やりたいことなんです。それに私のやっていることを他の人に気に入ってもらえるとは思っていません。気に入られなくても別によくて、気にしていない。もし気に入ってもらえたら、ありがたいですけどね。
私のファンは大概、テクノ好きであることが多いので、こういう異なるタイプの音楽には興味を持たないかもしれない。だから、自分のレーベル(Kebko Music)を始めて、すべて自分で決められるようにしたんです。メインのフォーマットとしてカセットを選んだのも、こういう扱いづらいフォーマットなのに興味を持ってくれるのはどんな人なのか見てみたかったからです。
アルバムの収録曲を聞いて最初に気付くのは、これまでとは違うリズムがいろいろと使われていることです。
そうですね。かなり違いますよね。もともと私はテクノをやっていて、今もやっていますけど。数年前にエクスペリメンタルなスタイルをテクノセットでやってみようとしてみたものの、それに飽きてしまったので、じゃあ、テクノとエクスペリメンタルなブレイクビーツを完全に分けてみようかなって。なので、違うリズムパートをいくつか使って曲を作るっていうのが自分にとってはすごく新しい。時間の伸縮というか、時間の錯覚に興味があって、BPMの違うトラックをひとつのトラックにして、何かしらできるか試すんですよ。あるパートがBPM120で、別のパートが93、それとは別のパートは150っていう感じで、それぞれ独立して存在しているんですけど、どこかに共存する場所があるんです。なかなか難しいですけど、最近はそういうことにフォーカスしていますね。
「Only Its Voice Rings Out」で使われているのは誰の声なのか興味があるんですが。
誰の声だったのか覚えていないですね・・・。「Sweep You Away」で使っているのは私の声ですよ。夏目漱石の「草枕」の英訳版(「The Three-Cornered World」)を読んだ声です。クラシックピアニストのGlenn Gouldがこの本をすごく好きだったんですよ。詩人の話で、その人が「詩はどう在れるのか」ということや詩を活かす方法を考えるんです。その詩人は人間の世界で生きることをすごく難しく感じているんですよ。面白くて、とても好きですね。
トラック制作に取り組み始めるとき、どんな構造にするのか事前にアイデアを持って臨んでいますか? それとも直感的に音を鳴らして、どんな音がいいのか試していくやり方でしょうか?
普段は何も計画していなくて、単に音を鳴らして、その音をすべて録音しています。その後でカットしてエディットしていますね。私は小節やグリッドを無視して、単にオーディオとしてエディットするんです。後からだとエディットしづらいときがあるので、レコーディングの後にアナログのモジュレーションを加えているかな。トラックから余計な要素を削りたいと同時に活き活きした部分を残しておきたいから、なかなか難しいです。
ロウネス(もともとの音が持っている要素)ということですか?
そうです。常に悩みますね。
でも、こういう音楽をやっていると、テクノの制作が再び新鮮に感じるようにはなりませんか?
今でもテクノはすごく好きですよ。特にクラブに行くときはそうですね。踊るのにいいと思います。でも、テクノトラックを作ることには少し飽きていて。結局のところテクノって、キック、ベース、ハットだけあればよくて、サウンドのクオリティがよければ大丈夫っていう。トラックに多くの要素は必要ないですよね。特にベルリンで生活していたときに、そう思いました。みんなは音数が少なくなるときの方が楽しんでいる。すごくミニマルで、キックとベースとハットとスネアだけ、みたいな。
トラックを作り始めるとき、そういう要素から取り掛かっていますか?
私の場合、制作を始めるには散歩したり、読書したりする時間が必要ですね。音楽に関係していないこと、生活、一般的なこととか、最近考えていることについて書き留めるときもあります。自分を静かに落ち着かせる時間が必要なんですよ。そうやっていて音楽を作る気分になったら、制作を始めます。普段はとりあえずAbletonを立ち上げていますね。シンセサイザーから録り始めるときもあれば、自分のバンクに入っているオーディオサンプルを再生するときもあります。とにかく音を鳴らして、ときどきBPMやピッチを変えています。私はよくトランスポーズを大きく変えるんですよ。オーディオをループにすることも多いですね。なので、普段リズムパートから始めることはないですけど、何かしらグルーヴみたいなものから作り始めますね。
オーディオが入っているバンクというのは、どんな音が入っているんでしょう? 秘密ですかね・・・
いやいや、まったく秘密じゃないですよ。音楽制作を始めた当初、私は大学生でお金が無くて、シンセとか新しいものを買う気になれなかったので、とりあえずCDやYouTubeとか普通の音を録音して、サンプルとして使っていました。後になってソフトシンセを買ってサウンドサンプルを作って、そのうちのいくつかは当時リリースされた自分のトラックで使いましたね。で、その音をライブセットでも使うことになるわけです。ライブセットのときの構成で使ったサンプルを録音するので、別のオーディオサンプルとして保存されていきます。このやり方をもう10年以上続けています。同じタレを10~15年間使い続けている焼鳥屋さんみたいな。使っていくと、どんどん強く濃密になっていくというか。
グルーヴや雰囲気みたいな部分からトラックを作り始めるんですけど、途中までできあがると、トラックからその部分を無くしますね。油絵みたいな感じです。
じゃあ、その次のステップはリズム要素を加えることでしょうか?
リズムではあるんですけど、一般的なテクノのドラムっぽくはないです。ハイハットには全くフォーカスしていないので、普段だと後になってからハイハットを入れていますね。あと、キックも早い段階から入れないようにしています。キック無しで作業するというか。
トラックの基本形ができあがるまで、どれくらい作業していますか?
場合によりますけど、実際のところ早めに仕上げたいです。そうすれば、多少ラフでも良いと思えるものになる。1回の作業で1~2時間くらいですかね。何か素材があれば、セッションビューでとりあえず録音していって、その全部を後からエディットしていきます。
そこからトラックの完成まではどんなことをしていますか?
実は私の場合、簡単にはいかなくて、音楽制作の作業でそれほど楽しくないパートですね。制作の最初と中盤は楽しいです。それから余計なものを省いていくんですけど、各音に注意して手を加えて、アレンジメントをきれいにしていくのは疲れるというか。作業しているといつも、そのトラックから卒業しないといけないなっていう気分になるんですよね。そうしないと次のステップにいけない。強制終了みたいな(笑)。
モジュラーを録音していると、突然ボリュームが変わることがあるので、それに合わせて良い具合にカーブを描かなきゃいけないこともありますね。
手作業でやっているんですか?
ですね。とにかく音を聞きながら手作業で。音を聞いてエディットして、人間の耳でやる方が、より自然かなって。決まりどおりにやることをそれほど信じてなくて。ひとつのトラックにアイデアを詰め込み過ぎることがあるので、そういうときは何を削られるかを考えるようにしています。
じゃあ、アイデアを詰め込み過ぎたときは単に取り除くのか、それとも、ふたつの違うトラックに分けることはありますか?
場合によりますね。結局のところ、何かを加えるよりも削る方がはるかに難しいんですけど、私の場合はいくつかパートを単に削るだけで、違うトラックにはしないですね。でも、ライブセットでは削ったパートを加えることがありますよ。
MUTEK.JPでのパフォーマンスへ向けてリハーサルするAkiko Kiyama
パフォーマンスをしているときはDJじゃなくてライブをしているんですよね?
そうです。私はライブだけですね。普段はひとつのトラックをたくさんのオーディオサンプルに分けています。キック、ハット、メロディとか。昔は簡単だったんですよ、自分のスタイルがすごくミニマルだったから。ひとつのループとか、4つのループとかにすることができた。でも最近だと、テクノトラックでも展開を付けているので、少し複雑になってくる。長い音のサンプルを使うことがときどきあって、3分間とか。そういうときは音が鳴っている間、待っていないといけない。もちろん、もっと即興的なこともできますけど、みんなはかかっているトラックが知っている曲だと喜んでくれるんですよね。
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