Afriqua『ブラックミュージックの原則:ポリリズム』
第4章(全5章)
ナイトクラブに、コメディショー会場のようにヤジを飛ばす客はほとんどいない。でも信じてほしい。実際にはいる。 幸い、僕のDJキャリアではめったにいなかったけど(めったに聞こえなかったのかもしれないけど)、そのなかで何より動揺させられたのは、「全部(ピー)同じに聞こえるじゃねーか!」と繰り返し叫ぶ酔っぱらった客の声が聞こえたときだった。 僕はいったん流れに乗れば、なんだったら、自分をしっかり省みなくなるという自負があるけど、あのヤジのせいで自分を見失ってしまい、ブダペストのテクノ会場で1,000人を前に、冷静でいられない危機へと完全に陥ってしまった。 というか、結局、そういうふうに考えたら、全部同じに聞こえるでしょ? ドン、ドン、ドン、ドンというキック。スネアとハイハット。洒落たセブンスコードが少し。時折、いい感じのボーカルがあって、あと効果音。 音楽って、そういうものなの? 僕の人生って、そういうものなの? なんで僕はこれで稼いでいられるんだ? なんで僕は経済学を勉強しなかったんだ?
でも、数杯のおいしいカクテルと、目の前の女の子たちからの歓声と笑顔、あとウイスキーをすすって癒されたら、心地よい感覚が戻ってくる。 観客は僕の味方だ。腰は動いているし、エネルギーは高まる。卑猥な言葉を叫ぶマンUジャージのさっきの男は、すぐに潜在意識の彼方へと消え去って、いつか記事を書くときのネタになる。 グルーヴは、いつだって、窮地を救ってくれるのだ。
グルーヴはブラックミュージックの原子力だ。 リズムのほんのわずかなあのニュアンスは、何千人もの人を瞬時にシンクロさせることができる。 そう、George Clintonによれば、ひとつの国全体をまとめるほど強力なものだった。 でも、グルーヴって何だろう? 文字にするのは不可能に近いし、一生かかってもできないかもしれない。でも、グルーヴがあるときは、その存在を絶対に否定することはできない。 繰り返すたびに超越体験感を増すアフリカンパーカッションの陶酔リズム。DJ Premierの一見シンプルなブーンバップのビートを聞いて思いがけず感じる首の疼き。タイミングのずれたレコードをDJがグイッと押し戻すなか、パーティー全体の雰囲気が緩む瞬間。これらはすべて、グルーヴというつかみどころのないものが作用している例だ。いや、むしろ相互作用している。 なぜなら、こんなにも言い当てづらいグルーブの正体は、ひとつの発生源やひとつの流れから生まれるのではなく、複数の要素の絡み合いから生まれているからだ。 それは、アフリカの演奏団が安定した流れにがっちり乗ったときに発生する、あの荒々しく異なり合う複数の声と楽器であり、DJ Premierの魔法によってなぜかひとつにまとまるClyde Stubblefield(英語)のドラムと60年代サイケロックのギタリストと80年代ヒップホップのボーカルであり、そして、合わないはずなのに完ぺきにマッチしてダンスフロアのエネルギーを10分間にわたって夜明けに導く、あの曲と曲だ。 そうしたリズムの相互作用と、その結果生まれるさまざまな“ポリリズム”が、ブラックミュージックのリズムによる独特なインパクトのキーポイントになっている。
ポリリズムとは、単純なリズムの組み合わせから現れる、より複雑なリズムのことで、その構成音を足しただけの結果を上回る新しいリズムを生み出す。 ブルーノートが“音と音の間の音”であるならば、ポリリズムは“リズムとリズムの間のリズム”という観点から考えられる。 もっともシンプルで一般的な例は、2拍3連のポリリズム。これは、一定期間に等間隔で3回鳴る音のリズムを、同じ期間に等間隔で2回鳴る音のリズムに重ねたものだ。 たとえば、“告げよ”と“山”を同時に繰り返して、繰り返すたびにどちらの第1音節もそろう状況を想定しよう。 “つ・げ・よ”は3音節、“や・ま”は2音節なので、毎回、“げ”と“よ”の間に“ま”が発音されることになる。 次はもう少し抽象化しよう。言葉のことは忘れて、それぞれの音節をメトロノームの音に置き換えてみてほしい。 すると、異なる拍数を一定の間隔で刻む2種類のリズムがまったく同じ音で鳴っている状態になる。片方はBPM120で、もう片方はBPM80かもしれないし、片方はBPM150で、もう片方はBPM100かもしれない。 片方のメトロノームを止めると、カチカチと延々に鳴り続けるメトロノームの音になり、起点も終点もなくなる。 頭のなかで「1、2、3、4」と数えていけば、カチカチと刻む孤独な音に何かしらの意味をもたせられるかもしれないけど、それだと任意の長さで連続している音にすぎない可能性も同等にある。 もう片方をふたたび鳴らし始めると、その瞬間、この淡々としたカチカチ音はふたたび音楽的な形状を持ち始める。 ふたつのカチッという音が重なる場面は、どちらの音にとっても時間的/空間的にハマる場所になる。 たとえ、もっともシンプルな状態であっても、音色やピッチや言葉がなくても、魂のないこうしたふたつのカチカチ音が相互に作用すると、音楽のように聞こえ始める。 グルーヴし始めるのだ。
先述した2拍3連の2拍子と3拍子の作業は、ありとあらゆる長さのリズムでも同様に可能だ。 片方のメトロノームをBPM160に設定して、もう片方をBPM120に設定すれば、少し複雑ではあるものの、同じくらい一般的なポリリズムになる。3拍4連だ。 この作業は、5拍4連、13拍5連、27拍8連と、想像力のぶんだけ実践できる。でも、マニアックにやると、あるところで耳が混乱してパターンを聞き取ることをやめてしまい、代わりに聞こえるのが、不規則なメトロノームのぐちゃぐちゃしたカチカチ音になる。つまり、ノイズだ。 ブラックミュージックで使われるのは、グルーブを強く感じられるほうのポリリズムで、すぐに把握できるほどシンプルでいて、すぐにインパクトを与えられるほど複層的なやつだ。 他ジャンルの音楽でも、2拍子の伴奏にのせて主旋律が装飾的に3連符を奏でるなど、一時的なポリリズムは存在する。でも、ブラックミュージックで使われるポリリズムの独立性と反復性は、ほかにない。 これが、アフリカンドラムのリズムの独特な躍動感から、サルサの周囲を巻き込むゆらぎにいたるまでのすべてを生み出すものだ。 ポリリズムにより、反復がおもしろいものになり、シンプルなものが複層的になる。 リズムとリズムの間にあるそうしたリズムにより、“全部同じに聞こえる”音楽が、無限に変化して表現力豊かになるのだ。
さらに複層的なポリリズムを次々と数学的な観点から深く追求したくもなるけど、それでは大事なポイントを見過ごすことが多くなる。大事なポイントとは、すごくシンプルなやつにニュアンスと表現の可能性がとてもあるということだ。 たとえば、先ほどの一見シンプルな2拍3連のポリリズムが、数段落まえからずっと頭のなかで鳴っているとする。 それはアフリカ音楽につきもののポリリズムだから、テーブルで5秒も刻めば、かなたにいるアフリカの祖先たちの存在を感じられるようになる。たとえ、スウェーデン人であったとしてもだ。 これはアフリカ音楽の鼓動であり、離散させられたものたちによる歴代の音楽史にわたってずっと存在してきた。 アフリカ音楽が特色としていたベルパターン(英語)は、リズムの基幹役だったし、大西洋を渡ったアフリカ人奴隷の音楽でも同じ役割を担い続けた。 こうしたパターンには、2拍子や3拍子のどちらでも機能する独特さがあり、2拍3連の感覚と実践を体現して促進する。 そうしたパターンでもっともわかりやすい例は、アフロ・カリビアン音楽でソンクラーベと呼ばれているもので、アフリカ系アメリカ人のあいだでいうハンボーンリズムにあたる。 非常にバランスの取れた2小節のパターンで、1小節目には3音が入り、2小節目には2音が入る。 ハンボーンリズムのグルーヴを初めてロックに応用した曲の名前に由来して“Bo Diddley”リズムとも呼ばれるけど、僕からしてみても、もっとも効果的にやったのはGeorge Michael “Faith”の冒頭を飾るリフだということを認めざるをえない。 サハラ以南のベルパターンが、Wham!の元メンバーたちに与えた影響もさることながら、 カリブとラテンアメリカの音楽に対するベルパターンの重要性にはそれでも及ばない。
ソンクラーベをはじめ、クラーベ(スペイン語でキーという意味)のリズムは、この地域の音楽ジャンルをひも解くうえで、まさにキーポイントだと言える。 ルンバ、コンゴ、マンボ、サルサなどのアフロ・キューバン音楽の場合、ソンクラーベのリズムと、それと近しい関係にあるルンバクラーベのリズムが、もっとも特徴的な個性になる。 リズム面で豊かなダンスミュージックのこうしたジャンルが、メロディーではなく、リズムのキーによって特徴づけられているということを考えるとおもしろい。 クラーベの伝統的な2音と3音によるリズムと同じタイプは、ブラジルのボサノヴァや、ジャマイカのダンスホール、プエルトリコの最近のレゲトンなど、さまざまなジャンルにとってもリズムのキーになっている。 そうしたジャンルでは、ポリリズム的な基盤がもっとも強く表されるものの、僕がもう一歩踏み込んで言いたいのは、リズムの“キー”をもつという性質が、ある程度、ブラックミュージックの様式全般を特徴づけているということだ。 4つ打ちのキック、2拍目と4拍目のクラップ、そしてオフビートのハイハットというどこでも耳にするパターンは、ハウスクラーベだと言えないかな? ジャングルやヒップホップとは何かって聞かれたら、メロディーを歌うよりも、ビートボックスで伝えたほうがてっとり早いよね。
ハウス、テクノ、ヒップホップなど、それほど明確にポリリズムじゃないブラックミュージックのジャンルであっても、“スイング”や“グルーヴ”の重要性はとても大きく、かすかに表現されるものではあるけど、それでも、アフリカのポリリズムのルーツに対する深いつながりを反映している。 とどのつまり、言語化が難しいこの手の性質は、2拍子と3拍子を感じられる範囲でそれぞれの音をどこに配置して、それをどうやって相互作用させるかを決めることだという話になる。 でも、それは全部のブラックミュージックに言えるんだと思う。 たしかに「全部同じに聞こえるじゃねーか」
ポリリズムは、どんなブラックミュージックにも存在する。ぜひこのプレイリストで確認してみてほしい。
文: Adam Longman Parker
次章、『ブラックミュージックの原則:インプロビゼーション』をお楽しみに。
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